とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『幸せの経済学』橘木俊詔

「幸せ」の経済学 (岩波現代全書)「幸せ」の経済学 (岩波現代全書)
(2013/06/19)
橘木 俊詔

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人生の目的とは、幸せになること。哲学も宗教も、幸せを体系化しようとしたもの。その「幸せ」は青い鳥なのかもしれないが、経済学の立場で見た「幸せ」とは何かを示しているのが本書です。

日本の人々、世界の人々が、幸せをどう考えているか、経済学的資料をもとに、類推している点に興味を抱き、それらの一部をまとめてみました。



・20世紀後半以降のような「成長」を望むことはできない。「定常経済時代」という現実は、「幸せになるには、まず成長」の固定観念から脱却する絶好の機会

・「清貧の思想」は、日本人特有の独創的な幸福感。日々の生活は食べていけるだけでいい、最低限の生活を送ればいいというもの。凡人は、華美な消費に走ることは避けるにしても、もう少し水準の高い経済生活を追求してもいい

・一人当たりGDPは高くても、所得格差の大きい国ほど国民の生活満足度が低くなる

・幸福度の高い県は、県民所得が高い割に、自然環境がいい

・一番幸福度が高いのは、60代の女性で、反対に不幸度が高いのは、30代の男性

・既婚者は幸福。さらに子供がいない夫婦の幸福度が高い

・学歴の低い人も中学卒を除いて、不幸度はそう高くなく、学歴の高い人もそれほどには幸福度は高くない

学歴の高い人は、出世、賃金などの期待度が高いが、現実の世界では、それを達成できる人は少ない。ゆえに、学歴における幸福度にほとんど差がない

管理職専門職の人のほうが、現場で肉体作業をしているブルーカラーの人たちよりも、やっぱり幸福度は高い

・企業規模では、公務員の幸福度が一番高い。そして、大企業で働いている人は、中小企業で働いているよりも幸福度は高いが、企業規模が10人~30人といった小さい企業で働いている人も幸福度は高い。小さな企業だと自分のやりたいことができるからと思われる

・「何に希望を持っているか」の調査で、意外に低かったのが友人関係。友人はいざというとき期待できないと考えている

既婚者、高い所得教育年数女性であること、健康といった変数が幸福度を高めている

・デンマーク人は、「生活に困ったときには政府が支援してくれる」というセーフティネットの充実があるからこそ、高負担の税率を容認している。だからこそ、デンマーク国民は幸福度が世界一高い

・デンマークでは、高い教育や高度で複雑な仕事への報いはそれほど高くない。むしろ、人間としてすべての人がそこそこ食べていける賃金を支払うことが公平な処遇であると、信じている

・「日本人は幸福な生活を送る上で、何が必要か」調査では、高い順に「インターネット」「基礎体力・運動能力」「親友」「持ち家」「コミュニケーション能力」「テレビ」「基本的な学力」「テレビ」「子ども」「冷房・暖房」「車」「携帯電話」「面白い仕事」「結婚」

「日本人は幸福な生活を送る上で、何が必要か」調査では、低い順に「別荘」「ギャンブル」「高い身長」「先生」「高い学歴」「数学力」「すぐれた容姿」「土地」「家事育児と両立可能な仕事」「すぐれた頭脳」「お酒」「社会に貢献できる仕事」「語学力」「恋愛」「高い収入」

・人間として野心の強い人、あるいは嫉妬心の強い人は、現状において幸福度を低く表明している

・国民に安心感を与えて、幸せな人生を送れるようにするのは政府の役目。国民の労働生産性を高めるには、教育と技能の蓄積しかない。そのためには、国民は税・社会保険料の負担をこれまで以上に覚悟する必要がある



日本の幸福観と世界の幸福観には、大差はありません。日本人も、結構、冷静に考えています。

幸せになる、というのは永遠のテーマ。何をもって、幸せとするかは、個々人によって違うもの。求める幸せが、みんなと同じにならないように、自分にとっての幸せかをよく考えてみようという書でした。


[ 2014/07/21 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『さよなら私』みうらじゅん

さよなら私 (角川文庫)さよなら私 (角川文庫)
(2012/09/25)
みうら じゅん

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みうらじゅんさんは、「ゆるキャラ」「マイブーム」などの産みの親です。時代感覚を持ち合わせているだけでなく、「見仏記」などの著書もあり、仏像にも詳しい方です。本ブログでも「運慶:リアルを超えた天才仏師」で、著者のコメントを掲載しました。

本書は、非常に、頭がよくて、照れ屋で面白い著者が書いた真面目な本です。仏教に造詣が深いことがよくわかります。その、ためになる数々をまとめてみました。



・選択肢とは、いくつもあるように見えて、実は二つしかない。いいか悪いか、好きか嫌いか、行くか行かないか。とくに人生において、行くか行かないかの選択は、今後に大きく影響する

・生き物の宿命は別離であり、死別であること。この最大の不安から逃れることができない限り、安定などあるはずがない

・時代というのは、目に見えるものではなく、新しい考え方が古い考え方を押しつぶしていく変遷のこと

・未来は誰にもわからない。わかったところでどうすることもできない。それでも知りたくなるのは、今ある不安から抜け出し、少しでも安心したいからに違いない

のんきは、真面目や不真面目という既成概念と違い、一種の才能。「なるようにしかならない」と人生をあきらめている。努力をしないわけではないと、あくまで自分のことも他人事と考えている

・「自分に自信が持てなくて」という人に限って、他人の話に耳を貸そうとはしない。それは、自信が持てないという自分を過信しているから。人はついつい自分を信じすぎる。他人を疑うという気持ちも、自分を信じている証拠

・他人がやたら楽しそうに見え、うらやましいと思うときは、淋しくならない努力を怠っていると反省すべき

・身の回りの誰かを主人公に抜擢し、自分を脇役と考える生活方式に切り替えてみること。また一味違ったストーリーが展開するはず。「損している」と感じるようでは、まだ脇役になりきれていない

・人生には、目標とか、目的とか、夢とかあるが、それはうまく暇をつぶすための方法

・やさしさは結局、甘さであって、そんな自分を肯定して生きること

・結局、人は誰かにホメられたくて生きているもの。ホメられないとき、人は淋しい

・人は、カッコいいことと、カッコ悪いことに左右される生き物。たかが数十年の人生。カッコ悪くてもいい。そんなこと気にせずに、好きに生きてみるべき

・自分など結局はどこにもいるはずがなく、脳が生み出した幻想にすぎない

・楽しく生きるためには、できる限り「他人と比較しないこと」と、「他人に期待しないこと」が重要

・「私は私の生き方しかできない」とわかるまでには時間がかかるもの。つい、他人の生き方を羨ましく思い、マネをしてみるが、うまくいくはずはない。それは、他人のいいところばかりマネしようとするから

・人間は、悩みを抱え、それを克服するためにがんばる、そういった生き物。克服すると、さらにその先には、悩みが待ち構えている。不安と安定を繰り返しながら、人間は飽きることなく暇つぶしして一生を終える

・好きな人とは結局、自分にとても都合のいい人のことで、相手もそう感じているときを、相思相愛の状態と呼ぶ

・人は人生という波に乗っているサーファー。せっかくいい波が来ても、うまく乗れないこともある。今度、その波が来たときに、どうやって乗ってやろうかが、経験であり、努力

・若いうちに成功したと思うと、歳を取ってからも、その成功にしがみつこうとする。若いうちは成功など考えないで、ただ、したいことをすればいい



「欲もなくし、自分という存在もなくしてしまえ」というのが本書のテーマです。まるで、高僧の教えのようなことが書かれています。みうらじゅんさん自身が、欲深い別人格を演じながら、欲をなくして生きているように感じました。

俗なる人が聖を演じることは多々ありますが、聖なる人が俗を演じることは少ないように思います。そういう人が書いた珍しい書なのかもしれません。


[ 2014/02/12 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『婚活したらすごかった』石神賢介

婚活したらすごかった (新潮新書)婚活したらすごかった (新潮新書)
(2011/08)
石神 賢介

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著者は、40代でバツイチ独身のライターです。その著者が自ら、ネット婚活お見合いパーティー結婚相談所に入会、参加して、婚活経験したことが本書の核となっています。

反省や成功事例も踏まえているので、婚活マニュアルとして活用できます。現代の婚活事情を覗く楽しさもあります。そんな面白い書の一文を少しまとめて列挙してみました。



・女性は収入を重視している。男はとにかく年収が高ければ人気がある。画面をチェックしていると、年収1000万円を超えると、申込件数が一気に増える

・女性会員が、年収の次に重視するのが容姿。容姿は、整った顔立ちの「イケメン」に人気が集中するわけではない。それよりも「清潔」であることが重要

都心部に住んでいる男性には申し込みが多い。言い換えると、都会在住でないと不利。多少収入が多く、容姿に恵まれていても、住まいが東京や大阪や、その近郊でないと、女性は食いつかない

・男は若い女性が好き。若くてきれいな女性が入会し、プロフィールがアップされると、その日のうちに申し込みが何十件も集中する

・「癒し系」のほかに、「甘えん坊」「古風」といったキーワードに、どうやら男は弱い

・「恵まれた容姿」「仕事のスキルの高さ」「学歴の高さ」「海外経験の豊富さ」などをプロフィールに書く女性は多いが、こういったタイプに申し込む男は、よほど自信があるか、よほど自己評価の甘い鈍感男。ネット婚活は自慢大会ではない

・若くてきれいな女性や、高収入で見た目もいい男は、ネット外の社会で十分に需要があるので、ネット婚活などしない。だから、プロフィールを閲覧していて、スペックの充実している人を見つけたら、何か問題を抱えていると考えたほうが自然

・写真掲載には、「スナップ」と「スタジオでプロが撮影」の二つある。異性からの申し込み件数で判断すると、「スナップ」のほうが受けがいい。しかし、容姿に自信がない場合は、「スタジオ撮影」で、多少の加工修正を施すことも必要

・「コストをかけてでもパートナーを見つけたい」という真剣度の高い男女が参加するから、会費が高めだと安心感がある。一方、会費が安いパーティーは、安いなりの男女が集まる

・参加者の年齢が高いほど、カップルになる数も多い。真剣度が高いから。また、「公務員&教師限定」といった安定した職業を条件にしたパーティーもいい数字になる

・婚活パーティーは「女高男低」。こちらが不思議に感じるほど魅力的な女性が多い。人気のある男性会員は概して退会が早い。気に入った女性がいると迷わずに結婚を決めるが、女性会員は、相性のよさを感じる男性と出会っても、なかなか決めず、悩んでしまう

・婚活パーティーに参加している男性は「極端な欲望むき出し系」と「極端な奥手」に二極分化される

・婚活パーティーでうまくいくようになると、日常での男女関係のスキルも上がる。仕事上の集まりで出会った女性を以前よりも抵抗なく誘えるようになる

・日本人は、頻繁に女性を口説いたり、ふられたりはしない。ふられるのが怖いから、口説くという行為には勇気がいる。しかし、婚活パーティーで口説いたり、ふられたりの経験を重ねると、少しずつ恋愛体質になっていく

成婚料をとらない会社は、基本的に、入会してお金を払って以降は何もしてくれない。すでに会員になった客の相手をするのは時間の無駄と考えているスタッフがほとんど。成婚料がある会社の多くは、成婚料も歩合に計算されるので、登録後もフォローしてくれる

・大手は成婚料をとらない会社が主流で、大手のほうが登録している男女の数は多く、出会いのチャンスも多い。成婚料をとらない大手の会社に登録するならば、自分から積極的に動くこと、可能であれば、オフィスに足を運び、窓口にスタッフに相談すること

・アメリカでは、日本人女性は三十代でも未成年に思われるほど、容姿にいい評価をもらえる。日本では気が強い女で通っていても、自己主張の国アメリカでは、穏やかで優しいと評価される。このアドバンテージを知り、マッチメイカーに依頼する日本人女性は多い



現代の婚活事情に詳しい人が周りにいないので、本書を楽しく読めました。古臭い考え方で、婚活戦線を乗り切っていこうとするのは、間違いかもしれません。

精神的にも、金銭的にも一生を左右する「婚活」に、もっともっと、社会が関心を持ってもいいのではないでしょうか。


[ 2013/12/30 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『アランの幸福論』アラン

アランの幸福論アランの幸福論
(2007/12/15)
アラン

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アランの幸福論は、以前、岩波文庫の「アラン幸福論」をとりあげたことがあります。本書は、その「幸福論」の名言を200ほど抜粋したものです。

視点が変わると、「幸福論」の捉え方も違ってきます。別の見方での「幸福論」も、新鮮に感じるところが多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・悲しみは病気の一種にすぎないから、理屈や説明をあれこれ考えずに、病気と思ってがまんしよう。そうすれば、苦々しい言葉を際限なく言うこともなくなる

・ふさぎ込んでいる人に言いたいことはただ一つ。「遠くに目をやろう

・社会活動や雑談、行事、パーティは幸福を演じるチャンスであり、こうした喜劇のおかげで、悲劇から確実に救われる。その働きは、ばかにできない

・怒りと悲観こそ、まず克服すべき敵。信じ、期待し、ほほえみ、その上で、努力しなければならない。もし楽観主義を最後まで貫き通すことを規範としなければ、悲観主義がたちまち現実のものとなってしまうから

・過去と未来が存在するのは、人がそれについて考えるときだけ。つまり、印象であり、実体がない。それなのに私たちは、過去に対する後悔と未来に対する不安をわざわざつくりだしている

幸先のいいスタートを切る意欲的な人たちはみんな、各自の目的地に到達している

・意志の強い人の特徴は、何にでも自分の痕跡を残していくこと

・人は賭けごとが好きである。そこには意志決定の力が必要だからである。デカルトは「優柔不断はあらゆる不道徳の中でも最悪のもの」と言った。人間の特質をこれほど的確にとらえた言葉はない

・自分の感情よりも、ほかの人の感情をじかに操るほうが簡単。会話でもダンスでも、相手は自分を映し出す鏡だから

・仕事は、あらゆるものの中で最高のものであり、最悪のものである。自分から進んで自由に働くのであれば最高、逆に、そこに自主性がなければ最悪

・運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間にも、新しい世界が生まれる

・景色の本当の価値は、その細部にある。見るということは、その細部を念入りに調べ、その前でしばらく立ち止まり、それからもう一度、全体をじっくり見ること

・幸せだから笑うのではない。笑っているから幸せなのだ。食べて楽しむのと同じように、笑って楽しむのである

・うれしそうな表情は、誰にとっても気持ちいい。自分がよく知らない人の場合はとくにそうである。その意味を考えたりせずに、額面通りに受け取ればいいからである

・「幸せに生きるコツ」の一つは、「楽しませる」こと。それは、ほとんどいつでもできること

・あなたが将来、幸せになっていると考えられるのであれば、それは今、あなたがすでに幸せを持っているということ

不機嫌をちょっと放ったらかしにしておくと、それはすぐに悲しみや怒りに変化する。これこそがまさに悲観主義である

・自分を愛してくれる人たちのためにできる一番いいことは、自分自身が幸せになること

・「幸せに生きるコツ」の一番の決まりごとは、自分の不幸を、今のことであれ、過去のことであれ、ほかの人に一切話さないことである。不平をこぼすことは、他の人を悲しませるだけ。つまり、いやな気持ちにさせてしまう。悲しみは毒のようなものだから

・悲観主義は感情からくるもの、楽観主義は意志からくるもの。気分のおもむくままに生きている人はみんな悲しい。そういう人はやがて、怒り、激怒するから

・楽観主義は誓いを必要とする。私たちは幸せになると誓わねばならない。そして、「悲しくなるような考えは、すべて間違った考え」と思うこと。なぜなら、人は何もしないでいると、すぐに不幸せを当然のようにつくりだしてしまうから


幸せになるには、そう念じなければならない、そう誓わなければならない、それにふさわしく行動しなければならない、というのがアランの考え方です。

幸せに振る舞えば、幸せになっていくという事実は、見落とされがちです。しかし、上機嫌な人、つまり、周りを明るくする太陽のような人に、不幸な人はいません。アランの考え方は、本質をついたものではないでしょうか。


[ 2013/10/31 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『幸福途上国ニッポン・新しい国に生まれかわるための提言』目崎雅昭

幸福途上国ニッポン 新しい国に生まれかわるための提言幸福途上国ニッポン 新しい国に生まれかわるための提言
(2011/06/24)
目崎 雅昭

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本のタイトル的には、あまり期待していなかったのですが、内容は大変面白いものでした。著者は、外資系の証券会社でトップトレーダーを務めた後、世界100カ国を10年以上かけて放浪、インド南部で1年に渡る瞑想生活など、ユニークな経験をされてきた方です。

幸福とは何かを求めて、世界を知的放浪された著者が感じた、信じた幸福とは何かが、本書に掲載されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・気温・日照と幸福度に相関関係はない。どんなに厳しい気候条件でも、人類は適応して生きてきた。定住の時点で、気候よりも、そこがどんな社会かが、人の幸せにとって重要

自殺率の高い国は、ほとんどが旧共産国とアジア。共通点は、「権威主義」もしくは「集団主義」。どちらも「個人の自由」が軽視される。自殺率が高い国に幸福な国はない

・出生率が高い国は、必ずしも幸福でない。しかし、幸福度が高い国で、出生率が低い国はない。そして、出生率が低い国で、幸福度の高い国もない

・個人の自由度が低いと、幸福度も低くなる。自由を束縛するような宗教は、幸福度を低くする

・地域主権によって、個性化につながり、愛着が生まれ、市民意識も高まる。住民の満足できる地域には、地方分権が有効

・「個人の幸福のために最適な社会をつくる」考えが個人主義。一人一人が抑圧され続ける限り、幸福度は上昇しない。個人の幸福よりも社会の秩序が優先されるので、当然の結果

・幸福度の調査で、常に上位を占める国は、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの北欧、そして、スイス、オーストリア、オランダなどの西欧。1人当たりGDPだけでなく、平均寿命、教育指数でも上位。腐敗も犯罪も非常に少ない

・集団主義である限りは、寛容な社会になりえない。協調性を強いることは「異質な個人を寛容しない」と同じ。反対意見や批判精神も悪いとする風潮になる

・「楽しい時間を過ごすことが重要」と考える人が多い国と、「選択の自由がある」と感じている人が多い国には、明らかな相関関係がある。つまり、日本人は楽しい時間を過ごしてはいけないと思い、自らの意志をあまり反映できない人生を過ごしている

・ヨーロッパ諸国では、友人や同僚との会話の中で、新聞やテレビのニュースが頻繁に話題に上がる。しかし、日本では、友人や同僚と時事問題を話さない。一方、日本人は75%が「新聞や雑誌」、70%が「テレビ」を信頼する。他の先進諸国に比べ、圧倒的に高い

・メディアの信用度が高い国はアジアやイスラム諸国。集団主義傾向が強い人々にとって、メディアという権力を信頼し、その報道を従順に受け入れるのは、集団主義の発想と同じ

・個性が重要と考えるのに、好き嫌いを否定し、異質なものを認めない態度は矛盾している。本当に個性が重要ならば、好き嫌いが当たり前という姿勢が必要

・自分の意志で選択し、その選択に責任を持つという精神があれば、どのような人生を送っても幸福度は高い。結果が問題なのではない。どうやって生きるかが重要

好奇心のない人生に、幸福感が訪れることは難しい。適度なドーパミンを促す行動が、幸福には必要不可欠

好き嫌いを明確にすることは、自己を知る出発点。日々の生活の細かいことに好き嫌いやこだわりがなければ、没頭できるものに出会うチャンスは少ない。ましてや、人生という大きなテーマで、やりたいことなど見つからない

・人生の半分は自分次第。そこでできることは、幸せな人生を送るための最適な環境をつくる努力をすること。幸福な人生の半分は、環境で決定される

・対話や議論を通じて、自分の考えを説明するための知識は、自分の血となり肉となる

・気を遣うことは悪いことではないが、様々な価値観が存在する現代社会では、声をかけてお互いの意志を確認するほうが、双方満足できる。気を遣う社会では、鈍感な相手は「気の利かない人」とレッテルを貼られる。そんなコミュニケーションは心身ともに疲れる

・極端な思想に傾倒する人は、どこか途中で、疑問を持つことや質問することを止め、思考を停止することで何かを絶対と決めつける。対話を拒否し、議論ができない社会は、利己主義者の格好の餌食になるか、逆に、閉鎖的な社会の急先鋒となる



本書の最後に、日本が幸福な社会になるために、「1.地方分権」「2.個人に寛容な社会」「3.女性の自立意識」「4.対話中心の社会」「5.社会とのつながり体験」が必要と著者は提言されています。

日本の幸福度は経済的豊かさを達成した後、低迷しています。これから、幸福度をさらに上げていくためには、著者の言うような社会改革が必須になるのではないでしょうか。


[ 2013/10/17 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『「善人」のやめ方』ひろさちや

「善人」のやめ方 (oneテーマ21)「善人」のやめ方 (oneテーマ21)
(2012/07/10)
ひろ さちや

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宗教評論家である著者の本を紹介するのは、これで11冊目になります。このブログで一番とりあげている作者です。

最近は、一貫して、世間にとらわれるな、世間を信じるな、世間にだまされるな、と善良な日本人に対して提言をされています。本書も同様です。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・私たちが寄ってたかって「世間」という怪物をつくって、その怪物に人々を騙すという仕事をさせている。そんな騙しに引っかからないためには、「世間」を馬鹿にすべき

・模範社員の「模範」というのが危険。これは会社の物差しで測っての「模範」であって、別の物差しで測れば「人間の屑」かもしれない

・われわれは、働かねばならないから働いている。働かないと生活費が稼げないから、仕方なしに働いている。体制側は、そんな態度で働かれると、職場がぎすぎすするので、働くことは喜びだ、働くことは生き甲斐だ、と必死になって宣伝する

・働くことは喜びだ。世の中の役に立つ人間になれ。真面目に努力すれば、きっと成功する。たいていの人は、そんな世間の常識に従って生きている。それは世間にたぶらかされている

・生活には「成功と失敗」がある。しかし、人生には「成功と失敗」はない。生活の苦労は苦労として、自分の人生を好き放題に生きればいい

・世間を馬鹿にすることは、裏を返せば、主体性を確立すること。自分を大事にすれば、自然と世間を馬鹿にするようになる

・「優等生」というのは、自分をどろどろに溶かして、世間が誉めそやす「優等生」という鋳型に流し込んで、世間が「期待する人間」になった人

・「期待される人間」をつくったら、必ず「期待されない人間」が出てくる

・自由とは、自分に由ること。自由に生きるということは、自分を大事にすること。世間を大事にしている限りは「世間由」で、世間に由っている

・仏教は、「仏の教え」であると同時に、「仏になるための教え

・実力ある者が楽しく勉強すれば、一流大学に合格できる。実力ある者が楽しく仕事をしていれば社長になれる。実力ない人間が高望みして、死に物狂いに努力してもろくなことはない。高望みの目標を設定しないこと、それが楽しい人生を送る秘訣

・あくせく、いらいら、がつがつと働かなければ生きていけなくなり、会社をリストラされてしまうのであれば、それは会社が悪い。社員を奴隷のように思っている

あらゆる欲望が煩悩であって、悪いもの。利益を得たい、得をしたい、儲けたいという欲望は悪。そして、進歩したい、人格を向上させたい、幸福になりたいといった欲望も悪。
でも、人間は欲望をゼロにできない。だから、仏教は、欲望を少なくせよ、と教える

・みんな善人になろうとする。それで人生が楽しくなるのであれば、それでもいい。でも、善人になろうとすれば、人生がしんどくなる

・人間はみんな不完全な存在なんだから、善人というのは、つまり偽善者。善人をやめるということは、偽善者をやめるということ

個性を伸ばすのであれば、音痴がより音痴になるべき。怠け者がより怠け者になるべき。それが個性を伸ばすこと。怠け者がちょっとぐらい勤勉になっても、ありきたりの人間になるだけ。個性がなくなってしまう

・怠け者の価値が劣ると判断するのは産業界。産業界からすれば、勤勉な人間のほうが利用価値が高い、怠け者の利用価値は劣る。しかし、それは世間が勝手に判断する「人間の利用価値」に過ぎない。そんなものに束縛される必要などない

・社会的にステイタス(地位)の高い者は、それだけ義務が大きい。それが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」。日本のエリートは、その義務を果たそうとしない。そんなのは軽蔑すべき人種

・自分より世間を大事にするなんて、愚か者の生き方。いくら世間を大事にしたところで、世間のほうは、あなたが使い物にならなくなれば、すぐにあなたを見捨ててしまう



本書は、「自分の人生だから、自分の好きなように生きればいい」と締めくくられています。

世間という怪物、常識という怪物に圧倒されて、自分を、小人として過ごしていかざるを得ないのが、日本社会の現状です。自分をもっと大きく育てていくためには、好きなように生きること、ただそれだけのことなのかもしれません。


[ 2013/10/11 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(2)

『生き心地の良い町・この自殺率の低さには理由(わけ)がある』岡檀

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある
(2013/07/23)
岡 檀

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本書は、自殺率が日本で一番低い町(徳島県海部町)を丹念に取材した書です。数字上では表れない部分も、取材によって浮き彫りにされています。

自殺率が低いということは、「幸福円満」ではなくても、「不幸せではない」ということだけは間違いなさそうです。「不幸せではない」ヒントが満載の書です。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・自殺率の低い自治体ベスト10のうち、海部町以外はすべてが「島」。島の特殊な地勢を除けば、海部町だけが残る。しかも、海部町の両隣の町の自殺率が全国平均並み。地形や気候、産業構造、住民の年齢分布など類似点をもつ三町に、自殺率の差があるのは不思議

・海部町では赤い羽根募金が集まらない。募金を拒む人は「あん人はあん人。いくらでも好きに募金すりゃええが。わしは嫌いや」と言う。老人クラブも、役所の担当者が声をかけても、募金同様に集まらない。海部町町民は、「統制」や「均質」を避けようとする

・海部町で、現在も機能している「朋輩組」(江戸時代発祥の相互扶助組織)はユニーク。歴史ある組織でありながら、会則と呼べるものがないし、入退会の定めもない。よそ者、新参者でも希望すれば、いつでも入会(退会も)できるし、女性の加入も拒まない

・海部町では「歳が上がれば自動的に偉くなるとは限らない」。朋輩組でも、年長者が年少者に服従を強いることがない。年少者の意見でも、妥当と判断されれば即採用される。町の人事にも人物本位主義が反映される。現在の教育長は、教育経験のない41歳の男性

・海部町では主体的に政治に参画する人が多い。自分たちが暮らす世界を自分たちの手で良くしようという姿勢がある。行政に対する注文も多く、いわゆる「お上頼み」がない。こうした住民意識を反映してか、首長選挙が盛んで、海部町には長期政権の歴史がない

・海部町には「病、市に出せ」の格言がある。これには、やせ我慢すること、虚勢を張ることへの戒めが込められている。また、親や教師から「でけんことはでけんと、早う言いなさい。はたに迷惑かかるから」と、言われることが多い

・海部町は、江戸時代、材木の集積地だった。大坂夏の陣後の復興需要で、短期間に、一攫千金を狙っての労働者や職人、商人が町に流れ込み、やがて居を定めた。この成り立ちが、周辺の農村型コミュニティと大きく異なる

・海部町は、多くの移住者によって発展してきた、いわば地縁血縁の薄いコミュニティ。町では、今も「ゆるやかな絆」が維持されている

・海部町のコミュニティにおけるトラブル処理の方針は、評価を固定させないこと。「朋輩組」でも、「一度目はこらえたれ(許してやれ)」という言葉がよく聞かれた

・かつては地縁血縁の薄い共同体であった海部町が、自分たちの生活を脅かす危険をいかに回避するか、被害を最小限にとどめるか、住民が知恵を出し合って、試行錯誤して、行き着いた策が「弱音を吐かせる」というリスク管理術

・海部町の人々は、人間の「性(さが)」や「業(ごう)」をよく知る。性や業を無視して、金科玉条を掲げても、人々は容易に従わないし、それどころか強い反発を招きかねない。

・「傾斜度が自殺率に与える影響」調査によれば、傾斜が15度~25度と強くなれば、自殺影響度が急速に高まる。厳しい自然環境が住民の生活活動に支障をきたし、孤立が強められ、忍耐力が植え付けられる。そのことが誘因となり、うつ状態が生じる可能性がある

・海部町には、住民が気軽に立ち寄れる場所、時間を気にせず腰掛けていられる場所、行けば必ず隣人と会える場所、新鮮な情報を持ち込み広められる場所が数多く存在する。これら「サロン機能」が傾斜の弱い平坦な土地に、コンパクトかつ集中的に配置されている

・「幸福度に関する調査」では、海部町は、幸せな人が少なく、幸せでも不幸せでもない人が多い。「不幸でない」ことに、より重要な意味がある。海部町のコミュニティは「大変幸福というわけにはいかないが、決して不幸ではない」を心がけている

・「生きづらさ」の元となる要素を取り除き、生き心地のよいコミュニティを次世代に引き継いできたのは、先達の「損得勘定」。人間の業である損得勘定を基にしていたからこそ、長年にわたり、破綻することなく継承されてきたと

・海部町では、「野暮な奴だ」と言われることが最大の不名誉。個人の自由を侵し、なんらかの圧力を行使して従属させようとする行為をくい止めるためには、そうした行為に「野暮ラベル」を貼ること。野暮ラベルは、魔物を封印する御札



「幸福とは何か」。それは「不幸でないこと」。「不幸でない」ためには、どうすればいいか。そのヒントが、この海部町の事例が示しています。

しかも、江戸時代より続いてきた事例です。この事例を参考にすることが、息苦しい世の中から解放される一助になるのではないでしょうか。


[ 2013/09/19 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『持たない贅沢』山崎武也

持たない贅沢持たない贅沢
(2009/07)
山崎 武也

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人間の欲望には限りがありません。食べ物なら、胃袋いっぱいが限度です。大きな物なら、部屋いっぱいが限度です。しかし、小さい物、物でないものには限りがありません。

それらを追い求めていく「欲張りレース」に参加しないことが、この「持たない贅沢」です。本書には、欲張りレースに参加しない方法が数多く記されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・酒と同じように、欲は百薬の長にもなれば、百毒の長にもなる。やはり、「欲は活用するとも活用されるな」で、自分の欲を上手にコントロールしていかなくてはならない

・物でも金でも、また名誉でも、持っていることは、それらに気を使っている分だけ、自分が束縛されていることであり、日々の生活が複雑になっていることにほかならない

・世の流れに媚びたり影響されることなく、淡々とした姿勢に徹して、自分の感性を信じ、美しいものを見出そうと努力を続けていけば、自然に自分自身の心身にも美が備わってくる。そうすれば、美しいものに囲まれた幸せの世界が実現される

・物事が複雑になるのは、一つのことに心を込めていない証拠

・持たざる者は、守るべきもの、縛られるものが少ないので、強引に自分の主張をすることができる。自分の狭い世界の中であるとはいえ、それだけ自由が享受できる

・モノに執着し、モノを所有して喜ぶのは、幼児性から脱却していない証拠。モノから自分のココロを解放することができて初めて、真の大人になったということができる

・欲にも余裕を残しておいて「欲八分目」を心掛けること。現在の大欲を捨てて、将来の大欲を満たす可能性を残しておくのが、賢明な人のすること

・そもそも投資とは、将来において利を得るために、現在を犠牲にすることである。ただ問題は、その実現性が明確でない点

手抜きというのは、必要な手続きを省くことだが、実際に省かれているのは、人の心。便利というのは手抜き。そこに残っているのは、表向きの都合のよさであって、真心のかけらもないことが多い

・表だけをきれいにして裏をそのままにしておいたのでは、胸を張ることはできない。心の奥底に引け目を感じて、裏の汚いところを見られたらどうしようかと考えてしまう

・流行しているものには、人の心を浮き立たせるものがあり、モチベーションを高める。だから、内部から仲間として加わり、「感化」を及ぼしていくのが上手な方法

へつらうときには、相手から何かを期待する気持ちがある。相手の喜ぶ顔が見たいというだけであればいいが、それ以上に、もっと具体的な「反対給付」を期待する気持ちが潜んでいたら、それは堕落した行為というほかない

・茶道が狙っているのは「整然美」。ぴたりと美事に決まる美しさで、その中にいる人たちの心は、きちんと整った秩序の中にある宇宙を感じている。それは居心地のよい世界

空白にも価値があると考えて大切にすること。空白こそが、アクセントになる

・「づくし」には、ゴタゴタ入り混じっている感じがつきまとう。一方、「違い」には、独自性という大きな価値が感じられるので、質に重点を置いた「高級感」がある

・強引は力と力の戦いになるが、謙虚には知らず知らずのうちに引き寄せられていく。謙虚は力を出していないので、内に力を秘めている。それが美しく輝いてくる

・世の人々の公正や公平という秩序を守る重要性を忘れてはならない。自分一人がよくなっても、自分の周囲に乱れが生じたら、その結果は自分にもマイナスとなって及んでくる

・偽物には、人をごまかそうとするマイナスの意図が感じられる。何かおかしいという違和感があるので、居心地がよくない

・自分の分を守って生きていく以上のことを望むのは、現在の幸せを壊すことにもなりかねない。平凡が幸せの核である

・有名には不自由が伴う。無名は自由をフルに楽しむことができるが、まったくの無名では寂しい。「知る人ぞ知る」で、社会の一分野の中で、ある程度の成果を上げている「隠れ有名人」くらいがちょうどいい



若いうちは、「持つ贅沢」を味わった人でないと、「持たない贅沢」の心境に到達しないのかもしれません。年老いてくると、誰でも、「持たない贅沢」の心境に到達してくるように思います。

その心境に到達したとき、それにふさわしい振る舞いが必要になります。本書には、その模範となる振る舞いが書かれており、参考になりました。


[ 2013/08/20 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『幸福論 (第1部) 』ヒルティ

幸福論 (第1部) (岩波文庫)幸福論 (第1部) (岩波文庫)
(1961/01)
ヒルティ

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スイスの法学者であるヒルティが「幸福論」を著したのは、1891年です。「幸福論」の元祖です。「アランの幸福論」「ラッセルの幸福論」は、すでに本ブログで紹介済ですので、これで世界三大幸福論が揃ったことになります。

本書は、幸福であることの尺度を示した人生論の古典です。読み応えのある本です。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・文化は富の土台の上にのみ栄え、富は資本の蓄積によってのみ増大し、資本は正当な報酬を受けない者の労働の蓄積からのみ生ずる。ゆえに、文化は不正から生ずる

・できるだけ多くの人格者を養成すること、これが本来、教職にある者の本分

・われわれに害を加える者だけが、真にわれわれの敵である。普通の意味の敵は、たいてい、きわめて有益なものであり、時には、なくてはならないものでさえある

・君自身のものでない美点を誇ってはならない。外面的な、偶然の所有について誇るのは、教養の乏しい人たちの特徴である

・君の心が、万一にも君を離れて外部に向かい、世間の気を迎えようとする気持ちが生じたとき、君は正しい心の状態を失ったのである

・誰かが君に「誰それはお前の悪口を言っていた」と告げたなら、その言われたことに弁解をせず、むしろこう答えるのがよい。「彼は私の持っているその他の欠点を知らなかったのだ。そうでなかったら、ただその一つだけを挙げはしなかっただろう」

・理想主義はなるほど尊敬すべき考え方であって、特に青年の教育には有益であるが、世に出た後の実生活にはあまり役立たない。実際には、ものごとはすべて「互いに激しくぶつかり合う」もので、理屈とはまた別

・人を信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいという願望と気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの証言である

・称賛は人の内部に潜む傲慢を引き出し、富は我欲を生む。この二つは、成功することがないなら、最後まで隠れたまま現れてこない

・最も幸福な人とは、個人的な利己心でなく、ある偉大な思想に自分をぶち込む人。次に幸福な人は、穏健な人。後者は、自分の力の及ぶ限りの成功をおさめるが、前者は、幸福であるためには成功を必要としない

・幸福は、ある大きな思想に生きて、それのためにたゆまず着実な仕事をし続ける生活のうつに見出されるもの。これは自然、すべての無益な社交を排斥することになる

・教育の目的とするところは、善への性向を持つ人間を育てあげることである

・悪は、厳しく叱ったり、非難したりする必要はない。それが明るみに持ち出されるだけで充分。その人は、たとえ表面上は反抗しようとも、必ず自分で良心のさばきを受ける

・自己教育はすべて、ある重大な人生目的をひたすら追求し、これに反する一切のものから遠ざかろうとする意志、断乎たる決心とともに、始まるものである

・君の学んだもの、君に託されたものをどこまでも守ること

・幸福こそは、人間の生活目標。人はどんなことをしても幸福になりたいと思う

・人は富の偶像から自由にならない限り、精神的自由など、まるで問題にならない

徳は幸福ではない。徳というものは、人間の自然のままの心に住むものではない

・最も不幸な者は、単にある宗教的宗派に所属することによって幸福を得ようとして、結局だまされたと感じて、ひどく失望する人たちである

・喜びは、自分から追求してはならない。それは、生活さえ正しければ、自然に生まれてくるもの。最も単純な、金のかからない、必要に基づいて得られる喜びが、最上の喜び

・真の幸福感にとっては、外部の事情などは全くどうでもよいものである

・幸福とは、もはや外的運命に支配されることなく、完全にこれを克服した、不断の平和のことである



真の幸福とは何かを考えずに、見せかけの幸福を追いかけても仕方がありません。本書には、その真の幸福が描かれています。

尚、ヒルティの幸福論は第三部まで続きます。第二部、第三部は、また追って紹介させていただきます。


[ 2013/08/08 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『快感回路-なぜ気持ちいいのか・なぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか
(2012/01/20)
デイヴィッド・J・リンデン

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本のサブタイトルが、「なぜ気持ちいいのか、なぜやめられないのか」とあります。快感は、欲望にによって起こされるのであり、それをやめようとすれば、自己抑止力が必要となります。

本書は、どういう時や場合に、快感のスイッチが押されるのかを解明しようとするものです。興味深いところが多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・私たち人間は、快感を追い求めることに、とてつもない時間と労力を注ぎ込んでいる。私たちが、何かをしようとするとき、その動機づけの鍵となるのが快感

重要な儀式には、祈りや音楽や舞踏や瞑想が伴い、多くは超越的な快感を生み出す。そのような快感は、人間の文化活動の奥底に深く根付いている

・法律や宗教や教育制度はどれも、快感のコントロールと深く関わる。セックス、ドラッグ、食べ物、アルコール、そしてギャンブルに至るまで、私たち人類は、細々とした規則や慣習を作り上げてきた。刑務所は、快楽を禁ずる法を侵した者たちであふれている

・快感研究は、ドラッグや食べ物やセックスやギャンブルへの依存症に関わる道徳的あるいは法的な側面や、快楽市場を操る産業を根本的に考え直すきっかけとなる

・ケシから作られるアヘンの起源は、紀元前3000年のメソポタミアまで遡る。古代エジプト人はアヘンを医療用、儀式用として広く用い、そのまま食べ、ワインに溶かして飲み、直腸に挿入した。ギリシャ人もすぐにこれにならった

・向精神薬に夢中になるのは人間に限らない。野性動物も精神活性効果を持つ植物や菌類を喜んで口にする。鳥やゾウや猿は、自然発酵してアルコール混じりになった果実を食べ、イノシシ、ゾウ、ヤマアラシ、ゴリラは夾竹桃の仲間で陶酔感をもたらす木を食べる

・体重が落ちると脂肪が減り、レプチン・レベルが落ちる。すると、生化学反応が起き、食欲を強める信号が発信される。失われる体重が大きければ大きいほど食欲は強くなり、エネルギー消費は抑えられる。ダイエット産業はそのことを知られまいとしている

・人は皿に載っているものを最後まで食べようとする(飲み物ならボトルを飲み干す)。人の食欲コントロールを打ち負かして過食させ、食品をたくさん売るには、サイズを大きくするのが効果的な方法

・マスターベーションは、馬、猿、イルカ、犬、ヤギ、ゾウなど多くの哺乳類で頻繁に観察される。メスもオスもこの快楽に身を委ねている。最も創造性を発揮しているのは、オスのバンドウイルカ。彼らはくねくねと動き回るウナギをペニスにまとわりつかせる

・異種間セックスは、捕獲されて自由を奪われた動物ではよく見られる行動。オスのヘラジカがメスのウマと交尾することはよく知られている。ハイイログマとホッキョクグマの間にも性的接触があることが確認されている

恋愛とともに表れる強い幸福感を伴う快感は、ドーパミン作動性の快感回路に対応している。この活性化のパターンは、コカインやヘロインの反応に似ている

・オーガズムは脳で起こるのであって、股間で起こるものではない。オーガズムは単純な現象である。血圧と心拍が上昇し、不随意の筋収縮が起こり、強烈な快感が生じる

・病的なギャンブラーにありがちな、リスクを負い、全力を尽くし、物事にこだわる性格というのは、ときに職場でも非常に力を発揮する。ギャンブル依存症の多くは、ビジネスの世界でも、とくに大きな成功を収める精力的で革新的な人物でもある

・集中的なエクササイズの後に、普通のリラクゼーションや安らぎといったものよりもはるかに深い至福感が短時間訪れることがある。これがランナーズハイ

・スピリチュアルな実践という意味では、瞑想と祈りは同一線上にある。どちらにもある種の弛緩的、解離的な面がある

・与えること自体が快感だとしたら、「純粋な愛他主義」は存在しない。高潔さから快感を得ているのだとしたら、それはそれほど高潔なこととは言えない

・もし、あらゆる快感が依存症のリスクなしに味わえるようになれば、節制を美徳と見なさないようになる。もし、快感がどこにでもあるものになったなら、人間の目的は存在しなくなり、何も欲さなくなる



快感が人間を支配し、人間社会を構成しているのかもしれません。快感抜きに、人間を語ることはできないように思います。

それなのに、快感の研究は、まだまだ進んでいません。快感を作り、快感を自在にコントロールする技術が生まれたら、それは人類にとって画期的なものになるに違いありません。快感を研究することは、立派な科学なのではないでしょうか。


[ 2013/07/11 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『不道徳教育講座』三島由紀夫

不道徳教育講座 (角川文庫)不道徳教育講座 (角川文庫)
(1967/11/17)
三島 由紀夫

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本書は、三島由紀夫が自殺する3年前の昭和42年に刊行された書です。純粋思想を説いて自決した三島由紀夫が、その少し前に、このような文章を書いていたとは驚きです。

本書には、三島由紀夫の少しすねた「不道徳のすすめ」が記されています。それらの一部を、要約して、紹介させていただきます。



・大人の世界のみじめさ、哀れさ、生活の苦しさ、辛さ、そういうものを教師たちは、どこかに漂わせている。「貧乏くせえ」と内心バカにすればいい。人生と生活を軽蔑しきることができるのは、少年の特権

・十代ほど、誠実の顔をしたがるくせに、自分に対してウソをついている時代はない。自信がないくせに強がるのも一種のウソ、好きなクセにキライなふりをするのも一種のウソ

・善のルールを建て直す前に、悪のルールを建て直したほうがいい。今の社会の危険は、悪のルールが乱れているところから来ている。昔のヤクザは素人にからまなかった。昔のドロボーは、はした金で人殺しなんかしなかった

・女はあやふやなものに敏感。あやふやなものを嗅ぎつけると、すぐバカにしてかかる。経済的主権のあやふやな若い男性から、性的満足を得ても、彼の性的主権を認めない

・お節介は人生の衛生術の一つ。お節介焼きは、「人をいやがらせて、自ら楽しむ」ことができ、しかも万古不易の正義感に乗っかって、それを安全に行使することができる

・現代の英雄は、ほとんどスキャンダルの英雄。スキャンダルは犯罪でなく、それを立てられる人は、犯人ではなく、ただの容疑者。容疑者は「らしく見え」なくてはならない

・「実るほど頭を垂るる稲穂かな」は偽善的格言。これは「実るゆえ頭の垂るる稲穂かな」に直したほうがいい。高い地位に満足した人は、安心して謙遜を装うことができる

・流行は薄っぺらだからこそ普及し、薄っぺらだからこそすぐ消える。しかし、後に、思い出の中に美しく残るのは、むしろ浅薄な事物

・女性は、自分の肉体だけを愛されることを侮辱と感ずる。なぜなら、男の性欲は、否が応でも、女性の肉体を、対象化し、「物」化し、はく奪するようにできているから

・猫を好きなのは、猫が実に淡々たるエゴイストで、忘恩の徒であるから。しかも、猫は忘恩の徒にとどまり、悪質な人間のように、恩を仇で返すことなどない。人に恩を施すときは、小川に花を流すように施すべきで、施されたほうも、淡々と忘れるべき

幸福や恩は、現状からの向上に関係していて、生命の方向と同じだから忘れやすく、不幸や怨みは、現状の改悪の思い出であって、生命の流れに逆行するから、忘れられない

・人を悪徳に誘惑しようと思う者は、たいてい、その人の善いほうの性質を100%利用とする。善い性質をなるたけ少なくすることが、誘惑に陥らぬ秘訣

・一つのことに、ほめられ飽きた人間は、別のことで、人にほめられたくて、うずうずしている。その多くはくだらないことでも、それを認められたことが心に触れる

・ウソも遠くからは美しく見え、ウソが本当らしく見えるほど、美しく見えるというのが、ウソの法則。だから、本当らしく見えて、美しいものがあったら、ウソ

・幸福でありすぎるか、不幸でありすぎるときに、ともすると告白病にとらわれる。そのときこそ、辛抱が肝腎。身上相談というやつは、誰しも笑って読むのだから

・都会人の弱気、当りの柔らかさというものは、子供のときからの社会的訓練のあらわれで、エゴイズムによる自己防衛の本能のあらわれ、あるいは、そこはかとない恐怖心のあらわれ。人間恐怖が、あらゆる人間嫌いの底には潜んでいる

・人を尊敬せず、信用せず、善意を信じないとなれば、友好的に行くにかぎる

・文明人の最大の楽しみは、自分の内の原始本能を享楽すること。日本人は、江戸末期まで、血糊をふんだんに使った芝居や、不具の見世物など、原始本能を楽しんでいた

・人生では、困ったことに、勝利者が必ず幻滅を味わうようにできている。なぜなら、人間は所有するものには価値を置かず、持たないものばかり欲しがるから



不道徳のすすめによって、人間の本質なるものをあぶり出す、三島由紀夫の論の展開は、流石です。

不純物も含まれている人間の「純正」を追い求めて死んでいった三島由紀夫が認識する、不純物なるものが、本書には数多く載っているような気がしました。


[ 2013/07/05 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『小さな暮らしのすすめ』月刊「望星」編集部

小さな暮らしのすすめ小さな暮らしのすすめ
(2012/03)
月刊『望星』編集部

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あまり広くは知られていませんが、月刊望星は、東海大学の創立者である松前重義が、敗戦直後の混乱した世の中に、「星に望みをつないで明日を生きよう」と訴えかけて、創った雑誌です。

その月刊誌に載せられた記事を編集したのが本書です。堅実な、小さな暮らしを営むことで得られる「幸せ」とは何かが、本書のテーマです。共感できたところが、数多くありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・面倒くさいことはしない、自分が嫌いなことはしないと、嫌なことを身の回りから消していった結果、人間同士のつながりが希薄になってしまった(小泉和子)

・日本文化は貧乏を洗練させてきた文化。茶の湯はその代表。茶室は粗末な農家のようだが、よく見れば非常に洗練されていて美しい。俳句もそう。日常のささやかなものの中から面白さを発見するという文化を育んできた(小泉和子)

・「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して、成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある」(サリンジャー)

・林住期の「林に住む」というのは、「林で一人で瞑想にふける」ことを意味する。インド人が林住期を設定したのは、「聖」と「俗」の間を行ったり来たりしているところに、人間本来の自由を見出そうとしたから。これは、人間の普遍的な願望かもしれない(山折哲雄)

モノを持たないためには知恵がいる。工夫がいる。我慢がいる。今の世の中は、人を引きまわして、できるだけモノを持たせるようにできている。これだけモノがあふれ返った時代には、モノを持たないことこそ、最高の贅沢というもの(池内紀)

・とにかく効率的で便利で儲かるものをよしとする男的価値観と、心地よく美しいものをよしとする女的価値観がある。男的価値観は、経済社会の中では、持たざるをえない価値観(下重暁子)

・良寛は、何も持たず、世俗の栄達を望まず、そのかわり、この上ない自由を手にした人。自由を手に入れるためには、世間と戦い、自分との欲望とも戦わなくてはいけない。物に惑わされているうちは、自由な心になれないし、欲望の奴隷から抜け出せない(下重暁子)

・小さい変化は最終的に全体に対する影響力を持っていて、それによって全体が変わることがある。全体が変わり、一つの形が出来上がると、今度は個に強要するようになる。自然の仕組みはそういう相関関係がある(遠藤ケイ)

・自分に忠実に、個としてどう生きるのかということが大切。人に影響されたくないし、人に影響を与えたくもない。ただ自分が興味を持ってやりたいことをそれなりにやってきただけ(遠藤ケイ)

・田舎の豊かさとは、「食べ物」と「時間」、つまるところ最大の豊かさは「自然」(樺島弘文)

・過剰な消費に走らないためには、欲求を満たす別のものがあればいい。それが土に立つ文化、そこにある精神性、そんなものに馴染むことで内面が満たされることが、一番いい(金子兜太)

・消費に便乗する生活でなくて、自分が生産する生活表現する生活、それは小さな世界でいいから、積極的に自分を満たせる世界を持つといい(金子兜太)

・世の中との距離感、物との付き合い方で、腹を固めることが大事。腹を固めれば、新しい物や情報が氾濫しようが、しょせん自分は自分でしかないという立場に身を置けるから、そうブレたりはしない(金子兜太)

・「小さな生活」の土台は「勤倹貯蓄」だった。昔の人の価値観では、消費ははしたないことだった。少なくとも、人生の目標とするものではなかった。ところが、「消費の楽しみ」は戦後になって、庶民の誰もが獲得すべき「人権」の一部になった(犬田充)

・相互監視の強い日本では、自由に振る舞えない。絶えず他人に気を配り、気兼ねしながら不自由に耐えて生きていかねばならない。この社会では、放っておかれる自由がない。他人にオセッカイやチョッカイを出すのを躊躇しない人が人情家とされる(犬田充)

・日本社会で、自由な生き方をするためには、「世間」からいったん離脱しなければならない。例えば、「ヤクザもの」「世捨て人」「出家」「浪人」と呼ばれることに甘んじて生きるのも選択の一つ。「反骨の人」として、世間から距離を置くこともできる(犬田充)



欲にまみれて、世間を気にして、「大きな暮らし」をするほうが、よっぽど楽なように思います。

「小さな暮らし」をするには、自分をしっかりと築くことから始めなければいけません。ということは、忍耐とと時間がかかります。しかし、それに挑戦することが有意義であると、そっと教えてくれるのが本書ではないでしょうか。


[ 2013/06/23 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)