とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『運慶: リアルを超えた天才仏師』山本勉、橋本麻里、みうらじゅん

運慶: リアルを超えた天才仏師 (とんぼの本)運慶: リアルを超えた天才仏師 (とんぼの本)
(2012/07/27)
山本 勉、ヤノベ ケンジ 他

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昨年、高野山金剛峯寺の霊宝館で、運慶の八大童子立像を目の前で見ることができました。小さな仏像でしたが、運慶の天才的能力をじっくり鑑賞でき、感動しました。

運慶は天才です。天才は、その凄さが理解されるのに、十分な時間がかかります。本書は、天才仏師運慶の軌跡を、その写真とともに追ったものです。興味深い点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・古代から中世まで仏像の名品は数あれど、運慶ほど人々の心を騒がせる仏師はいない。運慶が生きたのは、12世紀半ばから13世紀初頭。彼について教えてくれるのは、今に伝わった30体の仏像だけ (山本)

・金剛力士立像吽形は、門の中から今にも飛び出さんばかりの大迫力。頭でっかちのプロポーションは、下から見上げることを意識した計算通りの造形。こんな傑作巨像をわずか2カ月あまりで仕上げた運慶たちは凄すぎる (山本)

・運慶は、一定のフォーマットに固執することなく、場と像の関係や、クライアントの個性に応じて、毎回違う「解答」を出し続け、晩年まで、スタイルは変遷を重ねた (橋本)

・願成就院の矜羯羅童子立像は、見上げる視線があどけない少女のよう。仏を慕うこの集中力は、天上的な超越性を帯びている。制多迦童子立像は、憎さげに見得をきるポーズのうちに、はかり知れないエネルギーが潜む (山本)

・金剛峯寺の八大童子像では、運慶はあきらかに、現実の人間の少年像を造ることを意図している。運慶は時代を超え、国を超えた彫刻家になっていた。仏教も何も関係なく、ひとりの若者の祈りの姿として、どこへでも出せるし、どこへ出しても共感される (山本)

・真摯な中にどこかきょんとしたあどけなさの残る「矜羯羅童子」、素直そうで気品のある「制多迦童子」、翳りを帯びてエキセントリックな「恵光童子」。単純な喜怒哀楽ではなく、若いがゆえに持っている葛藤のようなところまで、運慶の表現は及んでいる (山本)

・単に「カッコいい」だけではない。「カッコよくて」さらに「グッとくる」ものが運慶作品で、他の仏像とは微妙に違う (みうら)

・そもそも仏像や神像は、仏様や神様を顕在化したものだから、畏れや怖さを感じて当然。運慶の仏像は、そういった怖さが今でも伝わってくる (みうら)

・写実といっても、誇張が入っている。運慶仏の代表作とも言える東大寺の仁王像の筋肉の付き方は、かなりデフォルメされている。普通の人間の筋肉というよりは、プロテインを飲みまくったボディビルダーのような筋肉 (みうら)

・最終的にデフォルメに行きついた。それは、決して写実的ではない「本来はいないのに、さもいるように見える」という世界観。それが「カッコいい」 (みうら)

・慶派のリアリズムは漫画の世界でたとえると、「劇画タッチ」。仏像の歴史において、運慶の活躍した時代だけが、「漫画」ではなく「劇画」の時代 (みうら)

・運慶と快慶の二人は「運慶快慶」とコンビのようにされることがあるが、実はその作品の印象は運慶と快慶で全然違う。「カッコいい」のが運慶で、「上手い」のが快慶 (みうら)

・運慶の作品は、今にも動き出しそうな勢いが感じられる。かつて写真家の土門拳が「(仏像が)動いてしまうから早く撮らなきゃ」と言ったように、運慶には「動」の表現を感じることができる (みうら)

・運慶と快慶は、ライバルとして、お互いにしのぎを削りながら時代をつくってきたわけで、そのどちらもスゴイ。運慶がいなかったら、快慶がいなかったら、日本の仏像文化は栄華を極めることなく、今の国宝や重要文化財はなかった (みうら)

・平面的な絵としての安定感、美しさという意味では、金剛力士阿形像(快慶作)の方が勝っている。姿勢もバランスがとれていて、天衣や腰に巻いた布の衣文の線もとても綺麗 (山本)

・奥に吸い込まれるとか、前に出てくるとか、そういう立体感や全体の力強さでは、金剛力士吽形像(運慶作)の方が断然すぐれている (山本)

・作品ごとに、異なる課題に異なる解を与えつつ、彫刻性を追求した意図を、運慶の後続世代の仏師は理解できなかった。定朝や快慶はレシピさえあれば真似できても、運慶の真似をするのは難しかった。そういう意味でも運慶は、空前絶後の天才仏師だった (山本)



日本最古のフィギュアは、縄文時代の土偶ですが、フィギュアが職業として成立していったのは、奈良時代の仏師からです。その仏師たちの中で、鎌倉時代に突如現れた天才が運慶です。

運慶の表現方法は、現代の日本のアーティストたちにも大きな影響を与えています。今の日本のフィギュアの隆盛は、運慶のおかげかもしれません。この天才仏師を知る上で、本書はすごく参考になりました。


[ 2013/09/01 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『中原淳一の世界・幸せになる言葉』

中原淳一の世界 幸せになる言葉中原淳一の世界 幸せになる言葉
(2013/02/06)
ひまわりや

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著者は、戦前と戦後間もないころ、画家、イラストレーター、デザイナーとして、今のファッション文化の先駆けをつくり、女性から圧倒的支持を受けた方です。本を紹介するのは、「美しく生きる言葉」に次いで2冊目です

本書には、その多くの作品と洗練された言葉の数々が収められています。その言葉の一部を要約して、紹介させていただきます。



・いつまでも古くならないもの。それこそが、最も新しいもの

・しあわせは心の中にあるもの。つまり自分がしあわせと感じること

・人間の生き方の中で、一番正しい生き方は、自分らしい生き方をすること

・美しいものにふれることで、美しさが増している

・女らしいとは、甘えることではない。女らしい慎ましやかな態度、そして男には持つことのできない神経を持つこと

・美しさに甘えていたのでは、決して愛される人にはなれない。美しくなくても、美しい心になることによって、人はいつの間にか、その人の美しさを発見する。人間は、瞬間だけを見ているのではない

いい人とは、いい行いが自然に心からできる人のことを言う

・美しくありたいと思ったら、美しくなってからでも、なお磨くことを忘れてはならない。毎日の生活は、美しい心の人になるように心がけること

・本当に女らしいのは、男の人では持てない、女の人だけに持つことのできる、美しい心を持つこと

・働くということは、働くということに対する心構えを身につけるということ

・美しく気どってすましているよりも、明るく微笑んでいるほうが、ずっと気持ちよく美しく感ぜられる

・微笑みを持つためには、健康で明るい気持ちを持っていなければならない。また、たえず、微笑みを持っていれば、本当に気持ちの明るく美しい少女になれる

・自分の持っているものをよく考えて、それを、人のために、世の中のために、どうすれば一番いいかということを、一生懸命に考えて、実行する人が一番素晴らしい人

・温かく、優しい真心を持った少女。聡明であって、生意気でない少女。自分の身の回りのことを皆工夫して楽しんでいる少女。本を読むことが好きで、健康で、花を愛して、音楽を理解する。こんな少女が好き。そして、ピアノが弾けたらなおいい

・あなたを愛してくれる方に、余計な心配をかけてはいけない。それは、愛される者の責任として、愛してくれる人に対する心だから

・自由が許されると、どんどんそれを自分勝手な、自分だけが都合のよいほうにもっていく。人の厚意に慣れてしまうということは、お互いに不愉快な結果になる

・美しいものを美しいように外に現せる技巧を身につけること

・まず清潔であること。美しさの最も尊いものは清潔。どんなに心の美しい少女でも、不潔なものを身につけていたのでは、人々にその心の良さを見てもらえない

・身だしなみの目的は、自分の醜いところを補って、自分の姿が、いつも他人に快く感じられるようになること

新しさとか変化とかいうものは、自然に生まれてくるもの。つまり、その時代の変化の対象とか標準とかが流行

・一人一人が、美しく豊かに暮らせるのは、個人の幸福ばかりでなく、日本全体が美しくなる

・嬉しい思い出になるようなことを、たくさん持っていれば、生活はますます楽しいものになる。嫌な不愉快な思い出ばかりだと、本当の楽しい生活はできないことになる。美しい楽しい思い出を持つためにも、今、美しい楽しい生活をしないといけない



天才とは、従来の既成概念を飛び越えて、新たな夢を提案し、後輩たちに希望を与える存在になる人です。

著者は、終戦後すぐの昭和20年代に、立て続けに少女雑誌を創刊しました。それらは、少女の夢になり、目標になりました。まさに、終戦後を駆け抜けた天才だったのではないでしょうか。


[ 2013/07/28 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『こだまでしょうか、いいえ誰でも。-金子みすヾ詩集百選』

こだまでしょうか、いいえ、誰でも。―金子みすヾ詩集選こだまでしょうか、いいえ、誰でも。―金子みすヾ詩集選
(2011/04/26)
金子みすヾ

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金子みすゞに興味を持ったのは、5年前に山口県の長門・青海島方面に旅し、仙崎の街に、記念館があったのを見つけてからのことです。そのときは、金子みすゞの詩が教科書に載っていることや詩の内容も深く知りませんでした。

その後、あの震災で有名になり、誰にも広く知られるようになりました。本書は、有名になった「こだまでしょうか」など、100の詩がコンパクトに収められた書です。金子みすゞには、素敵な詩が数多くあります。その一部を紹介させていただきます。



・「こだまでしょうか」 「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。そうして、あとで、さみしくなって、「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

・「さびしいとき」 私がさびしいときに、よその人は知らないの。私がさびしいときに、お友だちは笑うの。私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。私がさびしいときに、仏さまはさびしいの。

・「」 お花が散って実が熟れて、その実が落ちて葉が落ちて、それから芽が出て花が咲く。そうして何べんまわったら、この木は御用がすむか知ら。

・「私と小鳥と鈴と」 私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面(じべた)を速く走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように、たくさん唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私。みんなちがって、みんないい

・「お魚」 海の魚はかわいそう。お米は人につくられる。牛は牧場で飼われてる、鯉もお池で麩を貰う。けれども海の魚はなんにもお世話にならないし、いたずら一つしないのに、こうして私に食べられる。ほんとに魚はかわいそう。

・「雀のかあさん」 子供が子雀つかまえた。その子のかあさん笑ってた。雀のかあさんそれみてた。お屋根で鳴かずにそれ見てた。

・「大漁」 朝焼小焼だ大漁だ、大羽鰯の大漁だ。浜は祭りのようだけど、海のなかでは何万の鰯のとむらいするだろう。

・「燕の母さん」 ついと出ちゃ、くるっとまわってすぐもどる。つういとすこうし行っちゃまた戻る。つういつうい、横町へ行ってまたもどる。出てみても、出てみても、気にかかる、おるすの赤ちゃん気にかかる。

・「繭と墓」 蚕は繭にはいります、きゅうくつそうなあの繭に。けれど蚕はうれしかろ、蝶々になって飛べるのよ。人はお墓へはいります、暗いさみしいあの墓へ。そしていい子は翅が生え、天使になって飛べるのよ

・「お菓子」 いたずらに一つかくした弟のお菓子。たべるもんかと思ってて、たべてしまった一つのお菓子。母さんが二つッていったら、どうしよう。おいてみて、とってみてまたおいてみて、それでも弟が来ないから、たべてしまった、二つめのお菓子。にがいお菓子、かなしいお菓子。

・「土と草」 母さん知らぬ草の子を、なん千万の草の子を、土はひとりで育てます。草があおあお茂ったら、土はかくれてしまうのに。

・「お花だったら」 もしも私がお花なら、とてもいい子になれるだろ。ものが言えなきゃ、あるけなきゃ、なんでおいたをするものか。だけど、誰かがやって来て、いやな花だといったなら、すぐに怒ってしぼむだろ。もしもお花になったって、やっぱしいい子にゃなれまいな、お花のようになれまいな。

・「」 うちのだりあの咲いた日に、酒屋のクロは死にました。おもてであそぶわたしらを、いつでも、おこるおばさんが、おろおろ泣いて居りました。その日学校でそのことを、おもしろそうに、話してて、ふっとさみしくなりました。

・「積った雪」 上の雪、さむかろうな。つめたい月がさしていて。下の雪、重かろうな。何百人ものせていて。中の雪、さみしかろうな。空も地面(じべた)もみえないで。

・「かたばみ」 駈けてあがったお寺の石段。おまいりすませて降りかけて、なぜだか、ふっと、おもい出す。石のすきまのかたばみの赤いちいさい葉のことを。とおい昔にみたように。



金子みすゞの詩には、仏教的な精神、柔らかく言えば、「ほとけの心」が宿っているように思います。

時空を超え、自我を超え、いろいろな人や物の立場に立って考え、共感できることの素晴らしさを再認識させられる詩ではないでしょうか。


[ 2013/06/30 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『ナンシー関の名言・予言』

ナンシー関の名言・予言ナンシー関の名言・予言
(2013/01/19)
ナンシー 関

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ナンシー関さんの本を紹介するのは「信仰の現場」に次いで2冊目です。本書は、生前の著者が書いたことの証明作業になっています。

その鋭い観察眼は、時が経つにつれて、重みが増しているようにも感じます。本書には、著者の洞察力がいっぱい掲載されています。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・見えるものしか見ない。しかし、目を皿のようにして見る。そして見破る。それが「顔面至上主義」。なお、この「顔面」は「上っ面」という意味である

・「ワォ」「オーマイガーッ」「アンビリーバボゥ」といった英語を喋れるか喋れないかは技術や知識の問題ではなく、魂の問題である。日本の学校教育における英語は、この「魂」についての問題を全く顧みていない

・ブームとは「社会現象」と呼ばれるものの常であるが、「核」(本当に好き、支持している層)の大きさなど関係ない。その核の正味の大きさがわからなくなるほど巨大になっていく人垣を「ブーム・社会現象」と呼ぶ

・うさん臭さの根拠となるのは「スタイリング」。それは、服装に代表される身なりと、もう一つ、その能力の見せ方の構成という意味での「スタイリング」。どちらもあまり達者だと「うさん臭い」=「ホンモノだと思ってもらえない」

・そもそも世の中は「二世」が好きである。そして嫌いでもある。世の中は「二世」に対して二極構造で対している。その二極とは、「カエルの子はカエル」といった血の持つ物語性と、「バカ息子」の概念である

・「明るい×おもしろい×元気×かわいい」というプラス要素の掛け算で終われば、当然その答えもプラスと思うが、「貧乏臭い」という、一気にマイナスに逆転する恐ろしさもある

重鎮らしい所作というのは、ボケ老人の動きと共通する点が多い。「他人の言うことをきかない」「質問されても、いちいち答えない」「急に、思ったことを口に出して言う」「ゆっくりとしか動かない」など、イメージとしての「重鎮」と「ボケ」は見事に重なる

お涙頂戴は、創造力の貧困と逃げ場である。プライドを捨て、ハナからそれを堕落だと認識していないほど鈍感な、お涙頂戴へ身を堕した人や作品は、観客はその一点で否定する権利を持っている

・「不安」な感じこそ、「美少女」に欠くことのできないスパイス。その「不安」とは、嫌だけど、どうしようもなく見てみたいという複雑な気持ち

・好きなタレントを男女10人ずつ挙げることはできないが、気にくわないタレントならば50人ずつ挙げることができる。タレントというのは、嫌われて当たり前。テレビを通じてしか知り得ないタレントをほとんど嫌いになるのは、むしろ健全である

・私たち見ている側は、口ではスターを待ち望んでいると言いながら、一方でそれを阻んでいる。うっとり眺めているよりも、引きずり降ろして咀嚼する楽しみを習慣づけてしまった

・人は何かをする時に、不本意ながら外的要素によって、その行動(あるいは思想、発言)を整形してしまう。外的要素による行動の整形とは「節操」ということ。この節操をとっぱらってしまうところに「ミーハー」が発生する

・「歌いたい」というのは、食欲、性欲、睡眠欲と並列に扱ってもいいくらいの人間の本能ではないかと考えている

・名を上げ、名を有することが、金や権力といった「実」とともになされたのは昔の話で、テレビというメディアは「ただ単に有名な人」をいとも簡単に作り上げた。テレビの中には、いろんな種類の有名が混沌と入りまじっている

・年功序列、無事これ名馬、代表作もなく、功績もなく、芸もない、でも芸能人として存在するというのは、ある意味「芸能人だから芸能界にいるのではなく、芸能界にいるから芸能人」だということ

・ほとんどのミスコンは、町内で誰が一番美人かを決めることが目的ではなく、コンテストというイベントを行うことこそが大事。イベントの成功によって、どこかに利潤が派生する。それでOKである



胡散臭さ怪しさ馬鹿さ加減、違和感。何か引っかかることがあっても、それを言葉で的確に正しく表現するのはなかなか難しいものです。

著者は、その表現の天才であり、言葉の魔術師でした。今日においても、何か引っかかることが日常に無数にあります。それらを表現してくれる作者が、新たに登場してくれるのを願うばかりです。


[ 2013/06/09 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『死ぬことと生きること(大人の本棚)』土門拳

死ぬことと生きること (大人の本棚)死ぬことと生きること (大人の本棚)
(2012/12/11)
土門 拳

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本書は、写真家土門拳さんが、1974年、65歳のときに書いた初エッセイ集です。著者の写真には、真実を浮き彫りにする力があります。そのため、女優やモデルなどから敬遠されていました。

本書には、その真実を浮き彫りにする「」や「」が、著者の「」によって、語られています。感銘感心する箇所が多々ありました。その一部を要約して、紹介させていただきます。



寝顔は恐ろしい。覚めている時こそ、気を張って、もっともらしいポーズに構えるが、熟睡してしまうと、善悪ともに、意識の下に隠れていたものを赤裸々に露呈させてしまう

・「事実の背後にある真実」をつかむことを表現の目的としていた。そのため、長い間、真実という幽霊に迷わされた。しかし、表面にも背後にも真実はなかった。あったのは事実だけ。事実は、嘘も掛け値もない。事実は、この眼で見、この耳で聞き、この手で触れる

・写真家は自分にカメラを向けない。いつも自分の目の前にあるもの、自分以外の他者にしかカメラを向けない。写真を写すことによって、そのものを知り、考えるが、写すもの以外には、何の興味も関心も持たない。つまり、常に他者に依存する存在である

・写真家は自分の内部に目を向けない。写真家の目は、常に自分のまわりにひろがる外に注がれている。もともと内省、反省、自己批判といったものには弱い人間である。言うなれば、金持ちの我がままな一人息子みたいな、いやな奴なのである

・カメラのメカニズムこそは、事実そのものの鋭敏なレコーダーであり、逆にまた、仮借ない嘘発見器である。それは、自分と他人の生きていることの実証である

・スランプは、カーッとのぼせ上がっている状態とまったく反対の、意気阻喪した、無気力の状態である。スランプはつらい、そして淋しい

・スランプの最大の特徴は、そのことに新鮮な感激が持てないこと。何より苦しいことは、いい写真が撮れないこと。そのくせ写真なんかやめてしまえとは、みじんも考えられない。それは、陰性な執着そのものと似ている

・スランプから抜ける方法としては、「必要な刺激を受ける」ということ。新鮮な今までとは違った、新しい別の刺激を得るよりしょうがない。つまり、自分の中の撮影意欲を燃やし続けるエネルギー源を新しく補給する、ないしは設定するより仕方がない

・カメラを初めて手にしたときのように、新婚早々の若夫婦のように、自分をのぼせた状態に据えておくには、常に野心的な難しい課題や使命感を自分に課すことが要領である。それによって、作家的な、高いプライドを持つことができる

・悪いのは、欲しいものがいっぱいあるということではなくて、欲しいものが何もないということ。そして、いっそう悪いのは、欲しいものが手に入らないということではなくて、欲しいものを手に入れる闘いを放棄するということ

・すぐれた画家は、モデルの過去、現在、未来を描写する。写真家の撮る肖像写真もまた、モデルの過去、現在、未来を浮き彫りにできる。小さな子供でも、相手の顔色を読めるように、一枚の肖像写真を一個の人間像にする条件は、その人の顔を見る直感力にある

気力は眼に出る。生活は顔色に出る。教養は声に出る

・心に秘められた感情は、口のまわりに出る。眼も口も固く物言わぬ時でも、イエスかノーかは、口を見つめていればわかる

・芸術の最高の段階は、手段を忘れしめるところにある。つまり、写真が写真であることを、見る人に忘れしめるところにある

・いい写真というのは、写したのではなくて、写ったのである。計算を踏みはずした時にだけ、そういう写真ができる。ぼくは、それを「鬼が手伝った」写真と言っている

・写真が一個の芸術作品として、人の胸を打つためには、結果的には、画面から切り捨てられてしまう空間、色、時間といった要素を、できるだけ画面の中に含む(暗示する)ものほどいい。つまり、暗示なくては、写真は単なる絵模様になってしまう

・人はぼくの「室生寺」をほめてくれる。今のぼくは、あんなものをほめてもらってもうれしくはない。あれはもう古い。今のぼくは「室生寺」より先に進んでいる。そして、今のぼくが、また古くなる時がくるに違いない



著者は仏像の写真などが有名で、もの静かな人かと思いきや、本書を読むと、「荒ぶる魂」を強く感じました。そうでないと、芸術家は務まらないのかもしれません。

絶えず新鮮な気持ちが保てるように、自分を奮い立たせる方法を芸術家は知っています。落ち込んだとき、スランプに陥ったときに、自分の意欲を湧き立たせるには、芸術家の本を読むのが一番ではないでしょうか。


[ 2013/06/02 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『茶の本』岡倉天心

茶の本茶の本
(1994/11)
岡倉 天心

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本書は、岡倉天心が、1906年(明治39年)に英文出版した「THE BOOK OF TEA」の新訳本です。

岡倉天心は、東京美術学校(東京芸大)校長の職を辞し、日本の文化的遺産の海外への紹介に努め、古社寺保存のために奔走した人物です。本書には、著者の文化的素養がにじみ出ています。それらの一部を紹介させていただきます。



・自分自身の偉大さが、いかにとるに足らぬものであるかということを認識できない人は、他人が持つささやかなものの偉大さを見過ごしてしまう

・道とは、「道」というよりも「推移」する過程を表わす。それは、宇宙変転の精神、つまり、新しい形を生み出すために、常に己に回帰する永遠の成長を表わす

・我々はあまりにも自意識過剰で罪深い人間である。自分自身が悪いと知っているので、自分自身に真実を語るのを恐れ、プライドを持つことによって、その恐ろしさから逃れようとする

・宗教とは、お花と音楽で神聖化した単なる一般常識でしかない

・適応とは「生きる技」である。「生きる技」とは、我々をとりまく環境に対し、常に適応していくことを言う

・物と物との釣合いを保ち、自分の立場を失うことなく他人に譲ることが、日常劇を成功させる秘訣

・自分を「空」の状態にして、他人が自由に入れるようにできる者は、あらゆる情況を制覇することができる。「全体」は常に「部分」を支配できる

・「空」の原理の重要性が、芸術では、暗示という形で提示される。何も言わないでおくことによって、観る者はその考えを完結することができ、その作品の一部になってしまった気分になる。観る者は「空」に入り、美的感情のままに、その「空白」を埋めればいい

・禅は道教と同様に、個人主義を強く主張するので、我々自身の心に関わるものだけが、実在すると考える

・永遠とは、かすかな洗練で、たたずまい(茶室の藁葺きの屋根、細くか弱い柱、竹の支えの軽がるしさ、無頓着に使われているありふれた素材など)を美しくする精神にこそ存在する

・異なった音楽を同時に聞くことができないように、美を本当に理解するには、ある一つの主題に集中しなければならない

・傑作とは、我々の内に秘めた感情を奏でる交響楽である。言ってみれば、美しい魔法の手が琴に触れた途端、我々の心の奥に潜む弦が呼びさまされ、その音色に応じて、震え、興奮する。心は心に語りかけ、言葉にならないものに耳を傾け、見えないものを見つめる

傑作を理解するには、自分の身を低くして息を殺し、その作品が言わんとすることを何一つもらさず聴き取ろうと身構えていなくてはならない

・名人は必ず我々に何かを提供してくれるが、我々に味わう力がないと、ひもじい状態になる

・感動するのは、技よりも精神技術よりも人そのもの。そして、その訴えが人間的であればあるほど、反応も強くなる

・我々はこの宇宙の中で我々の姿を見ているだけ。つまり、この宇宙とは、我々の特異な性質が我々の知覚を支配している。つまり、茶人であっても、それぞれの鑑識眼の尺度にあったものだけを収集している

・花を愛する理想的な姿とは、花が実際に育っているその場所に赴くことをいう

・茶人たちは、地味な色合いの衣服のみ身につけるよう教えてくれたし、花に接する際に、それにふさわしい心得を持つように教えてくれた。簡素を慈しみ、その慈しみの大切さや謙遜の美しさも、茶人から教わった

・愚かしい波乱に満ちた人生の中で、自分自身の存在をうまく律する秘訣を知らない人は、虚しくも幸福で満ち足りていると装っている哀れな人々



本書は、「茶の本」ですが、茶道のノウハウや技術について言及した書ではありません。茶の精神や日本の精神について、茶を通じて、述べている書です。

少し、禅問答的なところもありますが、日本文化の基底を知る上で、貴重な書ではないかと思っています。


[ 2013/05/26 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『あきらめない人生-ゆめをかなえる四〇からの生きかた・考えかた』池田理代子

あきらめない人生―ゆめをかなえる四〇からの生きかた・考えかたあきらめない人生―ゆめをかなえる四〇からの生きかた・考えかた
(2005/05)
池田 理代子

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著者は、「ベルサイユのばら」や「オルフェウスの窓」で知られる池田理代子さんです。私も、今から35年前に、姉が買い揃えていた「ベルサイユのばら」を全巻読破しました。

そのころは、宝塚のベルばらが大ブームになって、それに便乗して読んだだけでしたが、なんとなく少女(女性)漫画の世界を味わえたように思います。

本書は、ちょっと前に、テレビで池田理代子さんを拝見して、どんな考え方をしている人なのか興味を持ったので、読みました。年齢とともに、円熟味を増されているようです。勉強になった箇所がいくつかありました。それらを、紹介させていただきます。



・ギリシャの七賢人の一人、詩人のソロンは「毎日何かを学び加えつつ老いていく」と語っている。記憶力は衰えると言われるが、それは鍛練を怠った場合や、性格が魯鈍であった場合のこと

・「いったん諦めるところから、諦めない人生が始まる」。残る人生を、本当に好きなことだけやって暮らそうと思えることが、第二の人生への動機

・十代は、自分という存在を宇宙の中心のように錯覚し、自分の存在理由を探し求めて苦しんだ。四十代にして、悠久の時間や自然の摂理の前に、自分の存在など「路傍の石」に等しいと知り、他人の評価も、遺した作品も、何ほどのことはないと諦めるようになった

・人生が終わる間際、本当にこれですべて良かったのだと、自信をもって言い切れる可能性は極めて少ない。大概の人は、後悔してみても、取り返しがつかない故に、ただおとなしく諦めて、あるがままの状態を受け入れ、肯定するに過ぎない

・専業主婦という生き方も肯定できる。自分の人生の何十年という時間を、夫や子供たちが、心地よく健やかに過ごせる家庭のために費やすのは、崇高な生き方

・自分ではない他人のために生きるという経験を、人生のある期間持つことは、ほかのどんな経験もが与えることのない素晴らしいものを自分に与えてくれる

・悲しみや苦しみがあってこそ、喜びはいっそう味わい深いものとなり、身をよじるような孤独や不安を味わってこそ、恋人や友人の存在がいっそう価値のあるものとなる。幸福の本当の意味を分らせてくれるものは、「不幸」にほかならない

・人間というのは、決して幸福になるために、この世に生まれてくる訳ではない。人間は、ただこの生を生きるために生まれてくる

・自分自身の道徳律を持たず、世間からうしろ指をさされることをひたすら怖れて生きている人ほど、世間の道徳律を踏み外した人間を手厳しく糾弾する

・日本の社会は、皆が同じでなければ、不安を感じ、人と違っていることをマイナスにしか評価しない、極めてファシズムに走りやすい社会

・「安全な場所から人を非難することはたやすい。しかし、誰もいまだかつて私のような立場に置かれた君主はいない」(ルイ16世)

・日記を書くということは、明日という日を一日生きることを楽しみに待つということ

・女性の場合、どれほどの才能があり、どれほどの実績を残したとしても、常に、「美人である」か「若い」かという評価基準に曝されることになる

・水商売の女性は、男性に優しくすること、お世辞を言って良い気分にさせてあげることが仕事。男性が信じやすく愚かでいてくれなくては、商売は成り立たない。この点で、水商売の女の知恵が、男性の知性を上回る

・女性は、厳密な論理にもとづいて、ものごとを考えるのが苦手で、自分の感情の動きを判断の根拠にしてしまいがち

・自分の思いどおりに動かないものは「悪」という、非常に幼児的な価値判断にもとづく「女性的思考回路」が、自分の子供の教育にも及ぶ

・論理的でない女性ほど、自らの無知を棚上げした議論を挑み、こちらが、論理以前の論法に唖然とすると、「打ち負かしてやった」と誇らしげな顔をする。論理の矛盾を突こうものなら、泣きに逃げるか、ヒステリーに頼るか、オウムのように同じ言葉を反復して叫ぶ

・人間だけではなく、この世のすべての生物が、けなげに生きている姿そのものが、震えるほど愛おしい


著者が言うように、第二の人生設計をして、今までの人生をリセットする勇気を持つことが、「あきらめない人生」ということになるのかもしれません。

過去の人生を肯定しつつ、過去にサヨナラを言えるようになりたいものです。


[ 2013/05/05 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『「間」の極意』太鼓持あらい

「間」の極意 (角川oneテーマ21)「間」の極意 (角川oneテーマ21)
(2001/11)
太鼓持 あらい

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最近、書棚を整理しながら、いい本を物色しています。この本は、10年以上前に買ったものですが、ペラペラめくって読み返すと、なかなかいいので、紹介することにしました。

太鼓持ちというのは、男が男を喜ばす、お座敷接待業です。女が男を喜ばすものには、「色」が入ってきます。「色」抜きに、お金をもらう水商売は、ハイレベルの接待サービス業です。本書には、その技術やノウハウが満載です。その一部を紹介させていただきます。



・太鼓持ちというのは、「幇間」と言う。「幇」の字には「助ける」の意味がある。つまり、酒席の「間を助ける」役目。古くは、「間」の代わりに、お金持ちの旦那の「閑」を助けていた。またの名を「男芸者」。お座敷にはべる男の芸者のこと

・江戸初期、京都の太鼓持ちは、話術が中心だった。笑話の祖、安楽庵策伝は「醒睡笑」(笑話千余話)を書き記した。その後、面白い話は「落語」、説教話は「僧の説話」、教養ある話は「茶人の茶会」、そして、ちょっとスケベな話が「太鼓持ち」に引き継がれていった

・江戸中期の「当世座持話」に、「太鼓持ちの心得十カ条」がある。1.「大尽大切に」2.「にぎやかに取りはやし」3.「酒盛り」4.「始末」5.「色事は慎むべし」6.「無理な口舌をさばき」7.「媒人口きかず」8.「野暮には意を付けて勤むべし」9.「高慢をせず」10.「床の納まるまで座敷を明さざる」

・「あたしたちには、ご贔屓が“つく”という言葉はあっても、ご贔屓を“つかまえ”たり、“とらえ”たりという言葉はありませんからね」と、師匠からよく言われた

・お客さまに気に入っていただくということは、言い換えれば、お客さまの心にかなうこと。つまり、その人の心にするりと入っていけるようになること

・笑いというのは、邪気悪鬼を吹き祓い、人を幸せにするもの

・望ましい笑顔のために気をつけるポイントは、目尻と口角。目尻を下げ、口角を上げるように、気を配りながら笑うこと。一番いいのは、下げた目尻のラインと、上げた口角のラインが延長線上でうまく繋がるようになること

・自然な笑いというのは、人の心から防御の鎧を脱がせる面がある。まずは、こちらから鎧を脱いでみせることで、相手も心を開いてくれる。自分の身をがっちりガードしておいて、「どうぞお楽しみください」と言っても、そうやすやすと無防備な姿は見せてくれない

・人前で多少の恥をさらすくらいの覚悟がなければ、人も腹を割ったところを見せてくれない。つまり、いつまでたっても、人と腹を割ったつき合いをすることができない

・人の話を聞くのがうまいというのは、相手が言いたいことと訊きたいことを適確につかんで、それを上手に引き出してあげるということ

・お座敷の心得の一つ「万事鷹揚に」は、こせこせせずに、ゆったりと構えよの意。自分の持てる力すべて出してやった結果、うまくいかなくても、それはそれ。「まあ、ええやないか。上出来や」と鷹揚に考えればいい。自分はベストを尽くしたのだから

ドキドキ感をなくしてしまうこと、慣れてしまうことには、人気急落の怖さがある。いつまでも、そういう気持ちを持ち続けている人は、謙虚な証拠

・媚びるような表情は、かわいらしい舞妓さんや芸妓さんならご愛嬌だが、太鼓持ちがやっても気持ち悪いだけ。常に謙虚でありたいが、謙虚と卑屈はまったく違うもの

・機関銃のようにしゃべるのは間が空くのが怖いから。どうして、間が空くのが怖いのか。それは、自信がないから。余裕がないから

・人づき合いとは、相手に合わせること。言い換えれば、「我」を押し通さないこと。人間の「我」は、ときに見栄を張ったり、虚勢を張ったりの「はったり」の形で表れる

・自分の身を飾るため、見栄を張るためにお金をかける方は、見映えのないところにはお金を出さないもの。見栄や虚勢で自分を取り繕わなくなって(我を張る必要がなくなって)、やっと気配りとか、気遣いというのは、どうしたらいいかを考えられるようになる

・難しいのは、親切の押し売りになったらいけないということ。その心くばりが、ありがたいものだったとしても、押しつけがましいと嫌気が差す。お客さまには、そんな気配を微塵も感じ取られないように、あくまで、なにげなく、さりげなくしていないといけない

・「怒りは無知おごりは無能、泣くは修行、笑いは悟り」。これは、師匠から教えられた太鼓持ちの哲学



伝統的な職業には、代々脈々と語り継がれている哲学があり、ノウハウがあり、言葉があります。その中でも、モノを売るのではなく、その場の空気を売る「太鼓持ち」という職業には、奥の深い哲学、ノウハウ、言葉がいっぱい詰まっています。

本書は、サービス業に関係する人が、参考にできることがいっぱいあるように思います。


[ 2013/05/01 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『袈裟とデザイン・栄久庵憲司の宇宙曼荼羅』栄久庵憲司

袈裟とデザイン 栄久庵憲司の宇宙曼荼羅袈裟とデザイン 栄久庵憲司の宇宙曼荼羅
(2011/03/01)
栄久庵憲司

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著者は、工業デザイナーの重鎮です。キッコーマンしょうゆ卓上瓶、秋田新幹線こまちなどのデザインを手がけてこられてきました。

その著者が、デザイン論、日本文化論、人生哲学などを語ったのが本書です。80年以上に及ぶ著者の人生がいっぱい詰まっています。参考になる点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。


・物に対するマニアックな態度は、あくまでも「点」に固執し、「線」に流れることも、「面」へと拡がることもなく、「物」に世界の縮図を描き出す。顔面を上げることではなく、うつむき加減に一点を凝視することが、日本人の空間認識の一つの特徴

・「線」に表現される空間は、回遊式庭園において体験される。そこには、時間のファクターが入っている。風景を構成する要素は、一度に現前に展開されるのではない。歩いていくと、一寸刻みに現れてくる

・人間観には誠実さが必要。嘘をつかないことは基本的信頼感のもと。清潔感は人間の基本的姿勢。身を清潔に保つことで人間はつながり合える。謙譲で常に他より愚直と認ずること。愚直、謙譲を自ら観念することが人間同士に静かな秩序を生む

・文明に生きるのが大企業、文化に生きるのが中小企業。これが企業のあり方

・文明は手段を重んずる。一人当たり生産量、所要時間短縮、単位当たりエナジーなどの結果としての産物(ダム、水道管、トンネル、鉄道、航空機、衛星中継など)を人間に役立て、与えるのが大企業の役割。大企業はインフラに関わるところまでを手がければいい

・大企業は、電球は作っても、電燈の笠まで作ってはいけない。大企業には、地域差個性差を大切にという認識がない。作れるものは何でも作るという大企業の貪欲さが食卓や寝室にまで押し寄せる。食物や性といった文化性が必要な世界にも、大企業が介入する

・官僚は、歩道の縁石、各家の塀にいたるまで、マニュアル化して押しつける。世界に誇る地域文化を、大企業と官僚が手を組み、画一化し、個性をなくし、破壊する。かくして、日本の美しさの感覚を駄目にしたのは官僚であり、日本の風景を醜くしたのは大企業

・人に風格を与えるのが道具。道具は人の心構えをただす、その立居振舞をさえただす

・ものはみな意味が加えられて真価を持つ。贈り物にあっては、とくにそうである。無意味な贈り物ほど、贈った人を愚かに見せ、贈られた人をがっかりさせるものはない

・生には、物的な価値、財産価値がないところが、贈り物として潔い。楽しみを贈りたいとする心の純化が、生ものを贈る特異性。そして、生ものは、常にローカル・カルチャーを表現する。地域のアイデンティティーを掲げ通すのもまた、生もの

・「ゲーム」とは、真実と虚構の合間にあるかに見え、実は虚構であるところにその本質がある。それは本来、戦争として現実化しそうな人間の闘争本能を虚構化することによって知的行為の範疇に封じ込む、見事な知恵の結晶

・日本では、絶対的な制約を決めつけてしまうのを嫌い、必ず余裕を残す。状況の変化に臨機応変に対応できる仕掛けを、ものの姿かたちに仕組んでおくことを忘れない。すなわち、フレキシビリティーを、秩序の感覚の中心にすえている

・天然資源の貧しさと調和していくには、省資源・材料を切り詰め、節約する工夫をしなければならない。この「省」の精神が、日本製品に緊張感をにじみ出させている

・日本の産業は、精密な階層構造になっている。大企業の傘下に、数百、数千の下請け企業が存立している。これは、品質の向上にとって、大変重要な仕掛けである

・日本には、美の質を管理する「美の制度化」として、「家元制度」という驚くべき仕掛けがある

・待つ身、待たされる身、この二つの立場には、貧富や地位の差にかかわらず、余裕のある人とない人の差が出てくる

・新しいもののあり方に対する見解の「異見」と、生み出されたものに対する批評の「意見」は違う。意見は、それを述べることによって、他人を束縛し操る。異見は、創造の手順に対する確認の操作を生む。意見が不毛であるのに対し、異見は創造の契機を生む

・禁欲と非禁欲の、この相矛盾する感性の超克を、見事なバランスに造形したものが「幕の内弁当」。すなわち、その限られた枠取りの中に、絢爛たる貪欲の世界を入れ込む術。禁欲の枠取りに、非禁欲の多彩を入れ込もうとする相克が、魅惑にみちた結晶を作りあげる



著者は、本書で、デザインとしての日本文化の素晴らしさを再点検し、提言されています。この伝統ある日本文化を壊そうとするものに対して、厳しい批判も投げかけられています。

デザインも哲学がないと、本当の意味で人や街に溶け込むデザインを創造できないということを、著者が教えてくれているように感じました。


[ 2013/04/13 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『超革命・人気美術館が知っているお客の呼び方』蓑豊

超<集客力>革命  人気美術館が知っているお客の呼び方 (oneテーマ21)超<集客力>革命 人気美術館が知っているお客の呼び方 (oneテーマ21)
(2012/04/10)
蓑 豊

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著者は、アメリカのシカゴ美術館東洋部長を経て、大阪市立美術館長になり、その後、金沢21世紀美術館長になって、異例の年間130万人の集客を達成された方です。

さらに、その後、世界的なオークションで有名なサザビーズ北米本部長に就任し、現在は兵庫県立近代美術館長になられています。

美術館の集客仕掛け人として有名な著者が、集客の思いを綴った書です。参考になる点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・美術館は、専門家が太鼓判を押す名作の「本物」をその目で鑑賞できるすばらしい場所。最近の言葉で言えば、まさに「最強のコンテンツ」を比較的安価な料金で、大勢の人たちに提供できるのが美術館

・美術館の広報は、一般的には、美術館開催に合わせた前宣伝と、開催中のフォローだが、新聞に毎日、美術館の名が出ることを目標にせよと、広報や学芸員にはっぱをかけている

・年間入場者数の目標を立て、そのためにクリアしなければならない一日の入場者数を意識している。入場者数が少ない時には、テレビや新聞に声をかける。ただ、「取り上げてください」では取り上げてくれない。ニュースになるようなネタを用意しておくことが大切

・日本の美術館は、中流か、それ以上の金銭的余裕のある美術愛好家を固定客として相手にしてきた。その結果、堅苦しいイメージができあがり、敷居が高くなった。お行儀のいい客でなければ入る資格がないような雰囲気になってしまった

・展覧会を単館でやるにせよ、巡回展に加わるにせよ、最終的には美術館の企画会議で検討する。展覧会には準備も必要なので、数年後までのスケジュールが決まっている。展覧会企画は、この美術館が本来「やるべき」かどうかという観点で見ている

・タイトルがつまらなければ、見に行きたいと思ってもらうことは難しい。タイトルに華やかさユーモアがあって、興味を惹く。なんだか面白そうだ、そんな期待を掻き立てる

・理想とする美術館は、欧米の美術館のように、何も考えずに、ぶらっと訪れることができる美術館。そして、できれば、遠方からやってきた友人を案内したくなるような場所であってほしい。美術館は市民の応接間のような場所というのが美術館像

・美術作品は「わかる」必要などない。大切なのは「感じる」こと。わからないことをわかることが作品に一歩近づくということ。「わからない、だが、なんとなく気になる」。そこに作品の入口がある。疑問もまた「感性」の発動である

・日本の美術館の館長は、月に数日出勤するだけの「名誉職」が多いが、専従でなければできないはず。館長の仕事は対外的活動(県や市との調整、スポンサー企業の交流や新規開拓)が中心でも、週3日は、美術館に出勤すること。そして、地元に住み、生活すべき

・兵庫県立美術館の場合、一つの展覧会で、有料入場者数が5万人以上いれば黒字になる。その他、ギャラリー棟の使用料や、ショップ、レストランの賃貸料がある

・アメリカで美術館の館長を務めるには、スポンサーを集められ、展覧会の予算を確保できることや、それまでに評判を取った展覧会企画を手掛けたことが重要視される

・アメリカは日本と違い、公立美術館は少なく、ほとんど財団法人が運営している。今、館長は、館長+CEOという肩書きになっており、経営的手腕が必要とされている

・サザビーズは、ロンドン、パリ、ジュネーブ、ニューヨーク、香港などにオークション会場があり、オークションの手数料は25%売る人からも買う人からも同じパーセントを取る。近年の傾向としては、中国、インド、中東、ロシアからの参加者が目立つ

・美術館を訪れるとき、「コレクション(収蔵品)の量と質」「建築の個性と空間の心地よさ」「美術館と街の関係」の三つの観点から、その美術館を評価する

世界の美術館ベスト10+1は、ルーブル美術館・ポンピドゥーセンター(パリ)、大英博物館・テートモダン・ヴィクトリア&アルバート博物館・ナショナルギャラリー(ロンドン)、プラド美術館(マドリッド)、メトロポリタン美術館・NY近代美術館(NY)、ボストン美術館、シカゴ美術館

・「人がどう思おうと私はこれが欲しい」となかなか思い切って言えないのが、今の日本人。しかし、アイデンティティの確立していない人間は、国際社会では「大人」としては認められない。海外で成功する日本人の多くは、個性的で型破りなのは、そのため



アメリカで都会の大きな美術館の館長になるには、地方の小さな美術館で成功し、徐々に、昇格していくのが順序だそうです。まるで、大リーグの監督が、マイナーリーグの監督から這い上がっていく姿に似ています。

日本では、美術館の館長は名誉職であり、生ぬるい経営をしているところが多いのではないでしょうか。公共性の高い施設でも、最低、赤字経営だけは避けたいものです。そのために手腕を発揮する人が、ますます求められているように思います。


[ 2013/03/30 07:03 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『貧困旅行記』つげ義春

貧困旅行記 (新潮文庫)貧困旅行記 (新潮文庫)
(1995/03/29)
つげ 義春

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鄙びた場所に、懐かしさ、癒し、心の救いを感じることで、荒んだ心をゆっくり回復させることができます。華やかな場所に出て行き、パーっとお金を使うことで、ストレスを急速になくすこともできますが、これにはお金がいっぱいかかります。

つげ義春さんの紀行文(写真とイラスト付)には、お金がなくても、いい旅をするエッセンスが詰まっています。この「貧困旅行記」的な旅こそが、本来の旅ではないかと感じるくらいです。

共感できるところが幾つもありました。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・私の蒸発はまだ終わっていない。現在は妻も子もあり、日々平穏なのだが、私は何処かからやって来て、今も蒸発を続行しているのかもしれない(蒸発旅日記)

・たんなる気まぐれの転居は面白いこともあるが、ときには運命が変ってしまう場合もある。それを想うと邪魔がかえって幸いだったのかもしれない(大原・富浦)

・宗教は頭で理解するより、荘厳な雰囲気に酔わせてもらうほうが、自己放下しやすいのではないか(鎌倉随歩)

・「仏道をならうということは、自己をならう也。自己をならうというのは、自己をわするるなり」。道元のよく知られる言葉だが、一種の魔でもある文学や芸術を続けることは、自己を忘れるのは不可能なのかもしれない(鎌倉随歩)

・私は偶然「猫町」を発見したことで、これまでの旅行で物足らなさを覚えていたのが何であったか了解した。「これだ、これだったのだ」。求めていたのが、湯治場でなくとも、宿場でなくともよかったのだ。下町の路地裏でも何処でもよかったのだ(猫町紀行)

・貧しげな宿屋を見ると、むやみに泊まりたくなる。そして、わびしい部屋でセンベイ蒲団に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ちになり、なんとも言えぬ安らぎを覚える(ボロ宿考)

・世の中の関係からはずれるということは、一時的であれ旅そのものがそうであり、ささやかな解放感を味わうことができるが、関係からはずれるということは、関係としての存在である自分からの解放を意味する(ボロ宿考)

・ボロ宿に惹かれたのは、自分から解放されるには、自己否定しかないことを漠然と感じていたから。貧しげな宿屋で、自分を零落者に擬そうとしていたのは、自分をどうしようもない落ちこぼれ、ダメな人間として否定しようとしていたのかもしれない(ボロ宿考)

・シュテルナーの「完全な自己否定は自由以外の何物でもない」という言葉に納得させられる。自分を締めつけようとする自分を否定する以外に、自分からの解放はないのだと思う(ボロ宿考)

・親鸞の悪人正機説の「悪」の意味も、自己否定と解することによって、他力宗の「自己放下」を理解することができる(ボロ宿考)

・湯宿の安さは、行楽向きでないということで、つましい料金にしている。湯宿は、貧乏人に違和感をあたえず馴染ませてくれる。慰められる。湯宿の温泉は、貧乏に特効があるなどと喜んでいる(上州湯宿温泉の旅)

・盲腸の奥のような、暗い袋小路に佇んでいると、なんとも言い表しようのない不思議な感銘を覚える。あまりに陰々滅々として参ってしまうせいか。自然の景色で、こんな陰気は見たことがない。まったく救いがない。身も心も泥のように重くなる(丹沢の温泉)

・山にこもることを考える。それは世をすねて遁世するというようなことではなく、なんだか訳の判らぬ不安にとりつかれ、その不安から逃れるため、一切の関係を断ってしまえば、性格も意識も徐々に変って、不安も解消するのではないかと、漠然と思う(日原小記)

・中年男の乞食がいた。知的ないい顔をしていながら目はうつろ、ただ放心して虚空を見上げている。もはや一切の関係から切れて、なんの苦悩もないのではないか。乞食を長年やると、喪心をきたし、動物に近くなるという。それでもいいのではないか(日原小記)

・自分が豆つぶほどに感じられる状態がさらに長く持続すると、砂つぶのように微小になり、果ては消えてしまうのではないか。無論「心」が消えてしまうということだが(日原小記)

・湯治場というより、忘れられた宿場の面影を残す湯宿温泉の侘しさはまた格別で、湯治場や物詫びた風物に惹かれる気持ちをさらに強くした(旅年譜)



明るく陽気にふるまい、笑顔を絶やさず、華やかな場所で活躍していればいるほど、時には、暗くて、陰気で、わびしさを感じる場所で、ひとりっきりになりたいと思うものです。

人間は陰陽のバランスで生きています。つげ義春さんの不思議な世界には、「陰の極み」があるように思います。本書は、その「陰の極み」を、実際に旅しなくても、感じさせてくれる書ではないでしょうか。


[ 2013/03/02 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『木村伊兵衛と土門拳・写真とその生涯』三島靖

木村伊兵衛と土門拳 写真とその生涯 (平凡社ライブラリー)木村伊兵衛と土門拳 写真とその生涯 (平凡社ライブラリー)
(2004/01/25)
三島 靖

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木村伊兵衛と土門拳、二人の画風、作風は違いますが、戦後を代表する写真家です。

本書は、二人の発言をもとに、その思想や哲学を探ろうとするものです。写真家の神髄や崇高な魂を感じる部分が多々ありました。それらを一部ですが、紹介させていただきます。



・「自分の作品の前に立たされるのは、ぼくが裸にされて、みんなに見られるようなもの」(土門拳)

・「土門拳はぶきみである。土門拳のレンズは人や物を底まであばく。レンズの非情性と、土門拳そのものの激情性とが、実によく同盟して、被写体を襲撃する」(詩人・高村光太郎)

・カメラの軽さで写真を楽しんだ木村伊兵衛、カメラの重さで写真と対決した土門拳

・「当時(1920年代)、絵画とは異なった『空間と時間性』という写真の持つ独自の世界のあることを理解していたので、この流派(叙情的な風景写真の愛好家)から遠ざかっていた」(木村伊兵衛)

・「読者に強く訴える写真は、まず第一に、それが大きな感じを持つこと。それは何かと疑問を持たせること。模様風な構図をもっていることだ」(木村伊兵衛)

・「モチーフが叫ぶ声に耳を傾け、その指示するがままにカメラを操作すればよい。その指示のままにカメラが操作される時、カメラとモチーフが現前する。その結果としての作品は、この世の美しきもの、真実なるものの化身」(土門拳)

・「何も撮った写真を新聞や雑誌や展覧会に発表するものと決めてかかる必要はない。ぼくらは見たり考えたりしたことを、まず妻や子供や友達に語るではないか。語らずにはいられないではないか。その辺から始まると思えばいい」(土門拳)

・「写真の真実性とリアリズムというものを、はっきり分けないといけない。真実性というのは、誰が写しても写真が持っている真実。リアリズムは、作家の心の中の真実を表現しようというものが加わらなければいけない」(木村伊兵衛)

・「いやに大人になっちゃった。あの人(土門拳)は、大人になったらいけないんですよ」(木村伊兵衛)

・作品における体臭過剰の危険性を避けるために、「木村伊兵衛」を後退させて、カメラのメカニズムに、その表現を託そうとした

・「つとめて主観を排して、実物通り、正確に撮ることを信条としているのだが、その実物通りというやつが御婦人方には禁物らしい」(土門拳)

・「写真家の女の写真というのは、女を撮れていない。ただ美しいだけで、まるで人形。あれじゃ、便所へ行ってもションベンしませんよ。やっぱり、ションベンをする女を撮ろうと思った」(木村伊兵衛)

・「見れる条件のある人、見るだけの機運にある人が見てくれればいい。あとは、その人自身の気持の中で、その人自身の口を通じて、何となく伝播していく」(土門拳)

・「いい写真というものは、写したのではなく、写ったのである。計算を踏みはずした時にだけ、いい写真が出来る。僕はそれを、鬼が手伝った写真と言っている」(土門拳)

・「報道写真家として今日ただ今の社会的現実に取り組むのも、奈良や京都の古典文化や伝統に取り組むのも、日本民族の怒り、悲しみ、喜び、大きく言えば、民族の運命に関わる接点を追求する点で、同じことに思える」(土門拳)

・「長い間、中国仏教文化の影響下にあった日本仏教文化が、日本的なものを志向して自己変革を企てはじめた(時代の仏像は)日本民族の自主独立の矜持とヴァイタリティを探る(素材)」(土門拳)

・「千年以前創建の古寺を訪れても、古寺を訪れていると思ったことはない。現代の時点での接点を探究し、意義を追求しているのであって、古寺としての情緒や懐古に耽るためではない」(土門拳)

・「私の写真は、みんなの生活の延長線上にあるものです。みんなが見て、喜んでもらえればそれでいい。だから、高い値段はつけたくないんです。現像所へ出せば300円だから1000円でも大変な儲けですよ」(木村伊兵衛)



写真の可能性を信じた写真家として、よきライバルであり、天才であった、木村伊兵衛と土門拳の二人。同時代を生き抜き、出発点はさほど変わらなかったのに、見たもの、感じたもの、写したものは、好対照になっていきました。

この二人の天才を通じて感じるのは、天才とは、「自分の考え、哲学、思想を固め、それを信じて、邁進していく者」ということです。どの分野でも、同じなのかもしれません。


[ 2013/02/23 07:15 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)