とは学

「・・・とは」の哲学

『55歳から始める最高の人生』川北義則

55歳から始める最高の人生: 定年後の20年間を“悔いなく過ごす55歳から始める最高の人生: 定年後の20年間を“悔いなく過ごす
(2012/05/09)
川北 義則

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もうすぐ55歳です。早いかもしれませんが、残りの人生を考えるようになってきました。

そのヒントを得ようと考えていたら、この本のタイトルが目に飛び込んできたのです。先人たちが、老後や死について、何を考えてきたのかのヒントが載っています。それらをまとめてみました。



・「真の暇とは、われわれの好きなことをする自由であって、何もしないことではない」(バーナード・ショー)

・いまの日本に一番欠けているのは「夢を語る」こと。長寿社会という人類の長年の夢を実現したのに、楽しもうとしないで、社会の暗い面ばかりを見ている

・行動を阻害する一番の原因は「ダメだろうな」という意識。このような意識のことを「全能感ゆえの固定概念」(ティム・ハルフォード)という

・「知識とは、現実の行動へと姿を変えないかぎり、無用の長物」(ドラッカー)

・「小にして学べば、即ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず」(佐藤一斎)

・人と付き合わずに本ばかり読んでいる人間は、傍目には寂しそうに見えるが、読書で人に会う楽しみを知れば、少しも寂しくない。「私の友だちは死者ばっかりだ」(山本夏彦)

・「未知の世界を旅しようとしない人には、人生は、ごくわずかな景色しか見せてくれない」(シドニー・ボワチエ)

在家出家とは、表面上は何も変わらない日常を続けながら、内面を劇的に変化させる方法

・「この世界は無常迅速。その無常の感じは若くても解るが、迅速の感じは老年にならぬと解らぬ」(倉田百三)

・「僕は好奇心が人生最大のエネルギーやと思う」(榊莫山)

・世の中は変遷する。事態は刻々変化する。変化の中でしたたかに、有利に生きるためには、どんなことも「決めつけない」ほうがいい。「人は何かを決断する際、自分で思うほど合理的でない」(ダン・アリエリー)

・「寝る時間を犠牲にしていた連中は、早々とあの世に行ってしまった」(水木しげる)

・リタイア後のプランを練るとき、住みかのダウンサイジングも考えてみる。夫婦二人では広すぎる

・「ダメな友とは、思想信条の違う人、教養の差が大きいこと、支払い能力の違う人」(渡部昇一)

・「友を選ばば、書を読みて、六分の侠気、四分の熱」(与謝野鉄幹)

・「人の大患(重病)は、まどいうれいおそれ」(伊藤仁斎)

・「夫婦というものは、夫婦を構成する二人のうち、より低いほうの水準に合わせて暮らすもの」(モーロワ)

・マイナスの過去とは、あまりつきあわないほうがいい。これは年齢に関係なくいえること

・「こういうふうにもできたであろうと思い悩むことは、人生において為すことのうちで最悪のことである」(リヒテンベルク)

・「過去の生活は、食ってしまった飯のようなものである」(森鷗外)

・リタイアすることは、仕事、収入、人間関係を根こそぎ失くすこと。現役時代、自分には友人がたくさんいると思っても、定年退職した翌日からゼロになる。孤独にならないために、新しい人間関係が必要。友だちのつくりやすい趣味や芸事を持っていることは貴重



残りの人生の捉え方として、「好奇心を保つ」「孤独に耐える」「に親しむ」「趣味を持つ」「質素に暮らす」という点が、気になりました。

頭の衰えを防ぐことが、老化を防ぐ最大の決め手ではないでしょうか。


[ 2014/06/13 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『50代からの休みかた上手』大原敬子

50代からの休みかた上手50代からの休みかた上手
(2005/02)
大原 敬子

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著者は、ラジオの人生相談などを担当している方です。女性の相談に乗られることが多いようです。

本書は、定年前の「心と体のお掃除」といった感の書です。言い換えれば、良き定年を迎えるための準備書です。参考になる点が多々ありました。その一部をまとめてみました。



・苦しみや辛さをつくるのは「もっともっと」の気持ち。仏教ではこれを「業」と言う。業の本質は「命の火」。もっともっとを求めなくてはいられなくなる

・自分自身が見えていないと、飽くなき欲を求める。目的が見えないと、その欲は業という悩みに変わる。しかし、目的が見えていると、欲は夢と希望になる

・50代は模索と選択の時代。仕事、結婚、子育てと、目標が明確に見えている時には迷いはない。迷いは目標がなくなった時に始まる

・知恵とは、生きるための技術。一生懸命生きようともがいていると、さまざまな経験を通して、その経験則が生きるための道具となる。これが知恵

・何のために生きるか、どう生きるかは、人それぞれ。人生の目的、目標はみんな違う。しかし、生きる技術、知恵の中には、多分に万人に共通する普遍的な要素が含まれている

・働く本当の喜びは、他人の喜びがあって初めて感じられるもの。そして、他人を喜ばせたいがゆえに働くから、休みも肯定的に捉えられる

・好きなことが見つからないと嘆くのは、他人の顔色ばかり窺って生きているから。休めないのは、失敗や恥を根に持ち続けているから

・多くの人の間違いは、選択というとピックアップだと勘違いしているところにある。選択とは、何かをピックアップするのではなく、何かを捨てること

・過去とは、すでに過ぎ去りし時。そこに生きるのは死んでいる状態

・自由を手に入れるには、孤独を楽しむ能力が必要。他人は関係ない、自分が満足していればいいという孤独。孤独を選ぶ人は好きな道を歩んでいる

・人生の大事な闘いに勝ち抜く技術は「休む」「逃げる」「盗む」。「休む」とは、休みを取りながら、進むこと。「逃げる」とは、いったん逃げて、勝機を待つこと。「盗む」とは、知恵を盗むこと

・自由といったところで、個人の自立が育っていない文化では、自由は逃亡にしかすぎず、休んで自由になることを過度に罪悪視する

・好きで仕事をしている人は、休むことに抵抗や不安を感じない。仕事中毒人間は働いていることで安心しているだけで、仕事自体は心から好きではない

・「休むこと」「拒否すること」「意思を伝えること」「金銭を請求すること」「自己主張を述べること」。これらはアメリカ人が思う「日本人があまり良いと考えていない事柄

・欲から生じた闘いは、その貪欲さゆえに、すべてをなくしてしまうもの。奪っても、奪っても、満足できないから。結果、何もかも失うまで闘い続ける

・貧乏が恥ずかしいと感じる人は、経済レベルで人を評価する。美しさが一番と思っていれば、美醜によって人の価値を決める。裏を返せば、力のない自分を隠す人は、地位や権力がすべてという世界観の持ち主

信用をつくれない人は、偽りの人間関係に囲まれているから

・心が弱っていると、邪悪な感情(妬みや羨みなど)に取り憑かれる。でも、羨んでいるのは、相手の結果だけで、その人の実態ではない

・不安感は時間の経過とともに「どうしよう」から「生きるのが嫌だ」に変わっていく。刹那的な気持ちに陥ると、生きる力もなくなる

・そもそも欲が強い人ほど近道を選ぶので、なおさら欲望が膨らむ。基盤づくりには時間がかかる。短時間に築き上げたものは、見かけがいくら立派でも、砂上の楼閣。近道を選ぶ人は攻めには強いが、守りには弱いという欠点がある。とことん転げ落ちる



休めない人は、他人の目ばかり気にしている人、孤独に耐えられない人、精神的自立をしていない人です。

本書を読むと、休める人にならなければ、定年後に苦労することが、実感できるのではないでしょうか。


[ 2014/01/24 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『定年から輝く生き方・一生モノの成功法則』帯津良一

定年から輝く生き方 一生モノの成功法則定年から輝く生き方 一生モノの成功法則
(2010/06/18)
帯津 良一

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著者は、総合病院の設立者であり、名誉院長です。帯津三敬病院は、末期がん患者が訪れる病院として有名だそうです。

著者は、現在、講演を中心に活動をされています。長年の診療を通して、独自の人生観と世界観を有されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・理想とする人生は、最後まで内なる命のエネルギーを高め続ける人生。命のエネルギーが高まれば、心の豊かさや品性が保たれ、最後にゆるぎない心の安寧にたどりつく。目先の欲得など潔く捨て去り、何事にも動じることなく、颯爽とした人生を送ることができる

・命のエネルギーが高まった人生は、「不安がなくなる」「自己と他者のつながりが実感できる」「流れに乗ることができる」「ストレスが少なくなる」「自然治癒力が上がる」「執着がなくなる」

・すでに引退しているのに、昔の役職の名刺を持ち歩いたり、過去の栄光の話に終始したりする人たちの話を聞いていても、ちっとも「ときめき」がない

・つらいことも苦しみも、病気も老いも、そのすべてを経験し、乗り越えることにより、命のエネルギーがどんどん高まっていき、最後に揺るぎない「豊かな心」の境地に到達する。それが、この世を生きること

もまれて、磨かれて、そして最後に到達した時点で、魂がどれだけ輝くものになっているか。軸はそこにある

・年齢とともに、命のエネルギーを大いに躍動させ、進化し続けること。それが「定年後に輝く人生」。それこそが、人生における本当の「成功」「幸せ」。目先の成功や出世などどうでもよい

・自分を育ててくれた社会や地元にお返しするという選択は、利己的でなく「利他」に生きる人生。最後まで輝く生き方として見事なもの

・エリート意識の塊になってしまうと、頭が固くなり、患者の声よりもデータを重視する治療しかできなくなる。患者のための医療ではなく、自分たちのための医療になってしまう

・謙虚さを忘れた人は、修行の如何にかかわらず、命のエネルギーがどんどん下降する

哲学を持たない成功は、人生にとってマイナスにしか働かない。つまり、若いうちに成功してしまうと、後の人生に悪影響を及ぼしてしまう

・死んだらおしまいだとすれば、心が荒廃し、結果的に刹那的な喜びを求めたり、さまざまな不祥事や犯罪が起こったりする。死後の世界というファンタジーを忘れてしまった社会には、無用の争いが起こる

・場があれば、そこには必ずエネルギーが存在する。いい場に身を置けば、いいエネルギーがもらえる。場というものを意識することが、健康を保つ意味でも、運気を上げるためにおいても不可欠なこと

・人間は年齢と共に丸く、穏やかになっていくのが理想だから、顔つきも柔和な雰囲気になっていくべき。見たときに、誰もがほっとするような顔、それが本当の人相のいい顔

・「1.一日一日を丁寧に、心を込めて生きること」「2.お互いの人間存在の尊厳を認め合って生きること」「3.自然との接触を怠らないこと」

・私たちは、時として、自分の力で生きているような気になっている。けれども、本当は、誰もが大いなる生命の循環の中で生かされている。「他力と自力の統合」が必要

・生かされているということを無視して生きていると、流れに逆らうことになり、天の応援は受けられなくなる。だから、大いなる命の流れに身を任せることが必要

・相手に譲ることができないから、腹が立ち、怒る。しかし、人生でどうしても主張しなければならないことなど、そんなにないもの

・感謝をすれば、よいことが起こるから、これをしきりに行うというのは本末転倒。だいたい、いい年をして、「ありがとう」を連発するのは恥ずかしい。感謝は声高に表立ってするのではなく、陰でするもの



人生の目標やゴールを何に置くかで、生き方が変わってきます。著者の言うように、命のエネルギーを燃やしながら、ときめき、進化し続けることを目標にするならば、目先の成功や出世などどうでもよくなるのかもしれません。

本書は、定年後こそ、長い人生の始まりとして、行動することの大切さを教えてくれる書ではないでしょうか。


[ 2013/07/14 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『楽隠居のすすめ-「鶉衣」のこころ』横井也有、岡田芳郎

楽隠居のすすめ―「鶉衣」のこころ楽隠居のすすめ―「鶉衣」のこころ
(2001/07)
横井 也有、岡田 芳郎 他

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鶉衣(うずらころも)は、俳文の最高峰と呼ばれる作品です。その作者の横井也有は、1702年生まれで、尾張藩の重臣として仕えた後、職を辞し、家族からも離れ、質素な草庵に隠栖(いんせい)し、自由で、風雅な日々を過ごした方です。

気負いもなく、淡々と自由人としての晩年を生きる姿に、憧れます。現代においても、「鶉衣」という18世紀の古典が、老いの生き方、老いの愉しみ方において参考になります。

その参考になる「鶉衣」の文章の多くから、一部を要約して紹介させていただきます。



・今は身のほどを知って、他人にほめられることを願わず、人から悪く言われるのも厭わない

・思うように物事が叶わないと無情の物さえ羨むのが世の人の心。だから、身に富が余り、幸いが思いのままの人が、事あるごとに他人から羨まれる。この草庵は簡素なことから、いっこうに羨む人はない。私もここで事足りて、他を羨むところはない

・「四角なる浮世の蚊屋はしまひけり」
(隠居したので、四角ばった世間の蚊屋=義理はおしまいにした)

・悲しいかな、老いて一人の友が欠けるのは、歯が落ちたようなもので、再び生え出る楽しみはない

・「六十てふ身はそれだけのはぢ紅葉」
(六十になった身は、それだけ恥が多くなったことで、顔を赤らめるばかりだ)

・わが身の老いを忘れなければ、ちょっとの間も心は楽しめない。わが身の老いを忘れれば、人に嫌がられ、酒や色の上で過ちをおかすことになる。だから、老いは、忘れるのがいい、忘れてはならない、この二つの境がまことに得にくい

・世に言うように、金持ちがますます富に飽きず、蟻のように忙しく、蠅のように欲しいものに集まるのは笑うところ

・夢が現実と同じものならば、夢を現実の中に数え入れて、起きて楽しみ、寝て楽しめばいい。夢がなくても、痛くもかゆくもないから、あるとも、ないとも、どちらでもいい

・「音も香もせぬや豆腐の冬籠」
(汁一つ菜一つ酒の肴も一つに限り、鰹節を使って精進料理という非難を逃れるのがよい。夏は茄子を用い、豆腐は夏以外に使うのがいい。香の物はどちらでもよい)

・「いかさまに四たびはくどし村しぐれ」
(酒は三杯以上を過ごしてはならない。だから、盃は好きな大きさのものを許すがいい)

・「蝋燭はたつといふ名の寒さかな」
(ろうそくを使うと減っていくから寒々しい、人も座を立っていってしまう)

・貧富は一人一人違うから、私を招いてくれるときは、美味珍味は嫌いでないから、喜んでいただく。お茶ばかりいただいても、決して不平不満は申さない。粗食に耐えていれば、何事も成し遂げられるという言葉を貧しい風雅の味方としている

・習って知るものは、ただその一事だけにとどまって、他に応用がきかない。自分から工夫して、一つの道理を知るときは、すべてのことにわたって物事が皆、明らかになる

・世にある秘事伝授というものは、世渡りする者のはかりごと

・「あたたかな家あり山は秋ながら」
(あたたかな家がある。山はもう秋で寒ざむしているのに)

・「追はれねばたつ事しらず秋の蠅」
(追われなければ発つことを知らない秋の蠅のような私だ)

・器は、中に入れる物を自らの形に従えようとし、袋は、中に入れる物に従って自らの形を必要としない。虚実の自由自在を知る布の一袋は、狭い、小さい世界にこもることを笑う

・年若いころは世に従い務めにつくのが習わしであり、危ない所にも身を置き、忙しい務めも逃れてはならない。その困難な時間を無事に越えて、安静の境遇に至る



「鶉衣」は、俳文という形式をとっていますが、今で言うところの、随想、身辺雑記、紀行文、研究論文です。

横井也有の人生と教養が詰まった作品です。このような文章を書き残し、静かに余生を過ごす生き方こそ、最高の老い方ではないでしょうか。


[ 2013/05/19 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『死ぬときに後悔すること25』大津秀一

死ぬときに後悔すること25死ぬときに後悔すること25
(2009/05)
大津 秀一

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著者は、がんの末期患者の精神的な苦痛を取り除く仕事をしている医者です。今まで、1000人にも及ぶ「最期」を見届けてこられました。

その事例から、「人は死ぬときに何を後悔するのか」をまとめたのが本書です。逆に考えれば、本書には、後悔しない人生を送るためのヒントが詰まっているのかもしれません。多くの事例から、参考になったことを、一部要約して、紹介させていただきます。



・ただ長生きすること、ただ健康であることが、人が生きる最高の「目的」ではない。長生きや健康は、自分の夢や希望をかなえる「手段」である

・日本人は真面目すぎる。見えない鎖に縛られすぎている。我慢し続けてよいことなど、これっぽっちもない。いまわの際に、自分に嘘をついて生きてきた人間は、必ず後悔する。転職したいなら、今。新しい恋に生きたいなら、今。世の中に名前を残したいなら、今

・忍従に忍従を重ねた人生は、皆から尊敬はされる。けれども、皆を惹きつけて止まないのは、「やりたい放題」の人生。自由に生きた人生は、皆から尊敬はされないが、愛される。そして、心地よい清涼感を残すもの

・夢がかなえられなかったことを後悔するのは間違い。夢を持ち続けられなかったことに後悔する

・人が人であるように生きるということは、生物のくびき(生まれ、交配し、子孫を残し、食し、寝る)から逸脱して生きること。夢や希望を抱いて生きようとするとき、人は人らしい生を手に入れる

・罪は犯すべきではない。刑罰があるとかいう理由ではなく、そのこと自体が自分を苦しめるから

・否定的感情にとらわれたまま生涯を過ごせば、残るのは後悔ばかり。冷静な心の先に、笑いを見出すことができれば、後悔は少ない

・他人に優しくしてきた人間は、死期が迫っても、自分に優しくできる。だから、真に優しい人は、死を前にして後悔が少ない

・成功体験を積み重ねた歴戦の勝者たちは、死が眼前に現れたとき、なかなか理不尽さを受け入れられない

・亡くなる一週間前頃から、多くの人に「せん妄」という混乱が生じ、時間や場所の感覚が曖昧になる。これは、ぼけたわけではなく、昔を今と取り違えてしまっている。その様子を見る度に、幼き頃の記憶が、いかに強固に心に残っているかを思い知らされる

・死期が迫ると、人は過去を振り返り、「ライフビュー」という、過去を他者に語る行為となって現れる。これは、精神的苦痛を緩和するのにも役に立つので、良い働き

・趣味の達人、長年趣味を続けてきた人たちは、最後まで、それを生かして、良い終わりを迎える。そこには、後悔はない

恋愛の記憶は、確実に最期の日々を豊饒にする。死期が迫ったときに、かつての苦しかった、あるいは楽しかった恋愛の軌跡を語ってくれた人が何人もいる

・家族関係、特に夫婦が血縁を越えた結びつきで繋がっている場合は、終末期の苦悩も大きく減じる

・大勢の子や孫たちに囲まれ、入れ替わり立ち替わり介護され、人生に幕を下ろす人は、費やした苦労がすべて帳消しになる。その死に顔は達成感で満たされており、後悔など微塵もない

・死期が迫った人に、気がかりなこと、心残りなことはあるかと問うと、「子供が結婚していないこと」と、真剣かつ深刻に言われる方がいる。そこには、一抹のさみしさが漂う

・何かを残そうとする、自分の存在を作品として表現しようとすることは、体力が衰えた状況では、それを為すのは難しい。しかし、証を残そうとすることは、己の生命を奮い立たせる。生命は朽ちても、残したものは、その先にも生きると感じたら、人の力は増す

・独自の人生観を「マイ哲学」で築いてきた人間は、死を前にしても堂々たるもの。生と死が何なのかを自分なりに掴めていれば、晴れの日も雨の日も変わらず淡々と生活することができる



本書は、良き死の迎え方というよりも、良き人生の終え方といった本かもしれません。

人生をどう自分の手で決着をつけるか、それに納得できた人は、安らかな顔で死んでいけるのではないでしょうか。死は、生まれた時点から始まっているという認識が必要なのだと思います。


[ 2013/04/21 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『老害の人老益の人―老人と、これから老人になる人々へ』高瀬広居

老害の人老益の人―老人と、これから老人になる人々へ老害の人老益の人―老人と、これから老人になる人々へ
(2003/11)
高瀬 広居

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高瀬広居さんの本を紹介するのは、「仏音」に次ぎ、2冊目です。6年ほど前に亡くなられましたが、僧侶でありながら、テレビでキャスターなどを務められていました。

本書は、仏教の視点から、老人を見つめていこうとするものです。よき老人になるための発見が多々ありました。それらを、一部要約して、紹介させていただきます。



・老いのうちに、迷妄と沈痛さをみとるか、賢明さと人間の条理・不条理のすべてが集約された純粋さをみてとるか、それは、その人自身の老いへの態度によって決まる

・「知識」も「経験」も「財力」も、老人の切り札であるが、その一つが欠けていても、「徳力」があれば、悠々と権威を保つことができる

・サイフや腕力で子供に恐れられていた親は、やがて同じ力で復讐される。そうでない親は、老いても支配力を持つ

年寄りの「くどさ」には二つある。一つは、自己主張の「くどさ」。もう一つは、釈明と弁明の「くどさ」。「くどさ」は、老いを孤独に追い込む

・人間が何かを苦とするのは、苦でない状態を知っているから。それを遠い過去に求めることは愚かである。未来と現在に発見してこそ、現実からの上昇がやってくる

・人間を外側からのみとらえる人は、「かかわり」に左右される。若い人がそうで、流行やブームなど現象に動かされ、相手の言動に一喜一憂する。目の奥でものを見ない人たちは「何故」という疑問をもたず、本質をえぐろうとしないから、極端に偏る

・「深い目」は老人の特権。うつろいゆく世の底辺に在る人生の根本、無常の哲理、因果論で割り切れない人間の不思議さ、迷いの原因、もやに霞んだ生きがいのありか、それを掘り出し示すのが、この目の力

・仏教に「定散」という言葉がある。老人はじっとしているので「定」、若者は駆け回るので「散」。定の人は、たえず心を澄ませて事の本質と道理を睨む。画一的、形式的思考をぶち破る「智目」で、子供を観、世間を眺め。その力を後継世代に与えようとする

・老人は「間」を楽しみ、遊びを人生に持つ。ヒマだからではない。限られた条件のなかで、そのゆとりを見出す

・「随喜」とは、喜びにしたがう心。他人の喜びをわがことのように喜ぶ心。嫉妬し、羨望せずに、素直に祝福する心の尊さ、それが、どれくらい人々にとって嬉しいことか、老人は知っているはず

・信念のない人ほど頼りにされず、バカにされる。一本の信条に突き進んでこそ、道は開かれる。老人は、その現実を歴史と社会から学んできている。ガンコさの根はそこにある

・老人は「得失一如」「信謗不二」の理を人生のうちから読み取った人。自由が不自由により、得が失により、信は誹謗を裏にもつことで成り立つ、という物事の両面を吸収し、その両者が一体となって絡み合っているところに、人間生活の原点があることを自覚した人

・おじいさんの優美さとは「知性」、おばあさんの美しさとは「情愛」のこまやかさ。敬愛される老人の役割はこれにつきる。どちらも「感じのよさ」を与えてくれる

・美しい老人は、第一にわがままではない。一徹であっても、我欲心で行動しない。第二に負ける心をもっている。柔よく剛を制すというように、柔和な芯の強さを備えている

清濁併せ呑めない人は、人間を利口とバカに区別する。古さと新しさに杭を打ち込む。苦手を嫌い、同好の人だけ集めたがる。偏向派閥にいつの間にかひきずりこまれていく

・博覧強記型と創造型は両立しない。年を取れば、記憶力は下降してくるのだから、論理的・創造的・哲学的・総合的な判断力の円熟さこそ大いに磨くべき

・老いには、偉ぶらない威厳が必要だが、そこにユーモアが加われば、トゲトゲしさがなくなる。自分を客観視して、時に笑ってみるのも大切

・人を人と思わぬ粗雑な神経の持ち主には「はにかみ」がない。「はにかみ」はケジメのあるしつけを受けた人に備わる。四十の坂にかかったら、「ユーモア」と「はにかみ」の二つを、身につけようとすること

・「美しく死ぬことよりも、美しく老いるほうが難しい」。美しい老いとは、精神の美学と高貴性をもつということ



老害にならないために、どう準備するか。それが、長い定年後生活の行方を決めていくように思います。

美しく老いるということを、中年以降の人生の最大の目標とするべきなのかもしれません。


[ 2013/01/26 07:02 ] 老後の本 | TB(0) | CM(2)