ヨーロッパに行けば、カトリックの国(フランス、イタリア、スペインなど)と、プロテスタントの国(ドイツ、スイス、オランダ、北欧諸国など)では、国民性が大きく違うことに気づきます。
マルティン・ルターは宗教改革者で、キリスト教を新しい世界(プロテスタント)へ導いた人です。でも、どう導いたのか、その目的は何だったのか、さっぱり知らないまま、その名を何となく知っていただけでした。
本書を読み、ルターという、世界の歴史を大きく変えた、その人物像と行動を深く知ることができました。その一部を要約して紹介させていただきます。
・ルターは「
言葉に生きた人」。聖書の言葉を、民衆のために、民衆のわかる言葉で説き続けた。宗教改革とは、ルターが、聖書によって、キリスト教の世界を再形成した出来事
・民衆たちは、教会が提供する幸いや救いを求め、これにすがりながらも、教会で語られ、書かれるラテン語を理解できない。
教会と民衆の隔絶。それが宗教改革への隠れた要因
・宗教改革とは、「
聖書を読む運動」。それは、聖書を一人で読むところから始まって、みんなと一緒に読み、読んだことをみんなと分かち合っていく運動
・ルターは「民衆の
口の中をのぞき込むように」聖書を翻訳した。それは、民衆は普段どんなふうに話をしているか、何を考え、何を必要と感じているか、そうした民衆の魂に向けて話をしなくてはならないと、ルターが考えていたことを示している
・ルターが指摘し、厳しく批判したのは、教会組織や聖職者たちの堕落や腐敗そのものではない。ルターを宗教改革の転回点に立たせたのは、人間の
魂に対する危機意識・ルターは教会の教えが民衆を誤った信仰に導いていることに強い憤りを感じていた。教皇を初めとする教会に対する厳しい批判は、この憤りからくるもの
・ルターが、あらゆる苦難と困難を乗り越えて成し遂げようとしていたのは、人々の魂を支える「
信仰の再形成」
・ルターの著作は、初版544点、総点数3183点。各著作の発行部数は、推計300万冊を超え、宗教改革期のヨーロッパ出版物総数の半分以上を一人で占めることになる。文字の読めない人への
読み聞かせも含めると、その影響力は数字以上のものがあった
・ドイツ語による説教に続いて、ルターが導入したいと考えたのが、
民衆が歌うドイツ語の賛美歌。中世のラテン語の聖歌では、民衆は何を歌っているのか理解できなかった
・民衆運動としての宗教改革には、聖書のメッセージを説教によって聴く、受動的な「
言葉の運動」の側面と、そのメッセージを受け止めて声を出して歌う、能動的な「
歌声の運動」の側面がある。
賛美歌と
説教は両輪をなし、ルターの礼拝改革を支えた
・ルターは生涯の間に50編ほどのコラール(民衆の歌う賛美歌)を作詞し、そのいくつかは作曲もした。ルターの
言語感覚の鋭さと
音楽的才能をうかがえる作品が残っている
・16世紀の後半から17世紀にかけて、ドイツは優れた
コラールの作詞家、作曲家を数多く輩出した。もし、彼らのコラールがなければ、バッハのオルガン曲、カンタータ、受難曲、オラトリオなどの教会音楽は生まれなかった
・ルターは、町の人々の顔を思い描きながら、言葉を吟味し、翻訳した。ルターの
翻訳の特徴は、力強さとわかりやすさ。ルターが用いたドイツ語はその後、標準化されていった
・ルターは、神が、「すべし」「すべからず」の戒めと、「すでに満たされている」の良い知らせの二通りの言葉を語る、とまず理解した。神学的には、聖書の「
律法」と「
福音」。そして、ルターは、律法から福音への転回運動が人間に救いをもたらすとの理解に到達した
・ルターは、第一に、聖書は「
祈り」をもって読むべき、と言う。自分に「
示してください」「
教えてください」の祈りの心で読まなければ、聖書の真理は心に入ってこないと説く
・ルターは、第二に、聖書は
黙想して繰り返して読むべき、と言う。五感のすべてを挙げて繰り返し取り組むことで初めて、聖書の言葉は心に深く入ってくると説く
・ルターは、第三に、試練をもって試練のただ中で読め、と言う。修道生活のように世俗の生活から離れて、聖書を静かに瞑想するのではなく、
試練の多い実生活のただ中で読むとき、聖書の言葉は、生きて心に働きかけると説く
布教活動、PR活動には、「言葉」が欠かせません。その言葉は、シンプルに、誠実に、が鉄則です。また、それを「声」に出して、みんなを楽しませるというのも鉄則です。
ルターは、意図的でなく、純粋な気持ちで、「言葉」と「声(歌)」の改革を行った結果が「宗教改革」につながったのだと思います。本書を読むと、言葉の力の大きさに改めて気づくのではないでしょうか。