とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『魯山人の美食』山田和

魯山人の美食―食の天才の献立 (平凡社新書)魯山人の美食―食の天才の献立 (平凡社新書)
(2008/07/15)
山田 和

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北大路魯山人に関する書は、「魯山人もてなしの真髄」「魯山人の書」に次ぎ、3冊目です。前の2冊が、「飲食経営の書」「芸術家の書」だったのに対し、本書は北大路魯山人の本性が最も表れている「食道楽の書」です。

本書は、北大路魯山人の本性が、最も分かる書です。その一部をまとめてみました。



・魯山人は、自然の味覚を完成されたものと捉え、それを体内に取り込んで一体化することが食の歓びであり、美食の追究はそこにあると考えた。だから、魯山人は、食材の産地と鮮度にこだわった

・魯山人は、確かに高価な食材を口にしたが、野菜の皮や魚の粗はもちろん、客の残り物を調理し直して食べる人でもあった。米一粒でさえ、用を全うしないで捨て去ってしまうことはもったいないと考える人であった

・魯山人は「美味いものを食べた」のではなく、「美味く食べる」人であった

・「いかなる名手がいかなる名器に活けようと、花の美は天成的に味わうことは出来ない。人工人意は所詮天成に代え難いからである」

・化学調味料はもちろん、醤油や砂糖や塩、味醂や味噌といった自然の調味料でさえ、安易に使うことを嫌った。魯山人の関心事は、あくまでも食材の原味を味わうことであった

・魯山人は良寛に深く心酔していた。その良寛には、「書家の書、歌詠みの歌、料理屋の料理は職業意識が鼻につき、上手なだけで心がなく、魅力に乏しい」という「三嫌」があった。魯山人も料理屋の料理を嫌い、料理の神髄はあくまでも家庭料理にあるとした

・魯山人は、威張る人間、自分の言葉で喋らぬ人間、野卑な人間、金のことばかり言う人間を嫌ったから、傍若無人という評判が世間に拡がるのもやむを得なかった

・田舎くさくなく、都くさくもなく、はったりもなく、作意もない。土臭いようで高貴な味。魯山人が「調子が高い」と言うのは、このこと

・魯山人は、とくに焦げ方にこだわった。あらゆる焼き物について、「お焦げができていなくては美味しくない」「上手にお焦げができていなくてはならない」と書いている

・「山葵の味が分つては身代は持てぬ」と述べているように、魯山人はワサビ狂いだった

・魯山人は、「総じて味のないもの、ぬるぬるしたものや、ぐにゃぐにゃしたものには美味いものが多い」「ぬるぬるさせるのに時間がかかるものがいちばん美味い」と言っている

・魯山人は、ゆっくりと食事を楽しむ人だった。日本酒では、半時間で酔い始め、味覚が曖昧になり、小一時間後には酔っぱらってしまう。日本酒は、料理を楽しみながら飲むには、アルコール度が高すぎた

・「せっかく骨折って作った料理も、それを盛る器が、死んだものではどうにもならない。料理がいくら良くても、容器がへんな容器では、快感を得ることができない。料理と食器とが、一致し調和するように心掛ける」

・魯山人は、どちらかというと計画性がなく、いきあたりばったり主義であったが、彼の感覚の鋭さと臨機応変の才覚は、他の追随を許さぬものがあった

・悟ることとは、魯山人にとって、自然の恵みを自らの体内に取り込み、大自然と人間との合一を愉しむこと。また、自分が相手のために心をつくして料理を作ることの歓びを得ることだった

・自分は満足しなくて、人のためにだけ生きているという人があれば、それは偽善者。偽善者とは、人を、社会を、あざむく人のことではなく、自分自身をあざむく人のこと

・「いい人間からいい物が生まれる。悪い人間からいい物が生まれることはない。結局人間なのだ。人間を磨いてから物を作れ。それからでも遅くない」

・「美食家はあらゆる意味で自立していなくてはならず、創意工夫ができる真の自由人でなくてはならぬ」



魯山人の写真をうかがう限り、頑固で気難しそうで、他人に口うるさそうなイメージですが、本当は、自分の考えに忠実で、自分に厳しい人だったのではないでしょうか。

魯山人という人は、料理というものを芸術のレベルにまで高めた功労者、つまり「和食」を世界文化遺産にまで高めた功労者なのかもしれません。


[ 2014/08/15 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『大人の教科書・道徳の時間』

大人の教科書 道徳の時間大人の教科書 道徳の時間
(2010/12/11)
大人の教科書編纂委員会

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本書は、「正しく生きる道」を、古き良き日本人から学ぼうというものです。

テーマが、「正直に生きる」「身を慎む」「自らを磨く」「人を敬う」「仕事に精を出す」に大きく分かれており、昔の人は何を考えていたかを深く知ることができます。その一部をまとめてみました。



・「姿勢が正しい時には、影が歪むことはない。水盤が丸ければ、水も丸く収まっている」(勝田祐義「金言童子教」)

・「人の道に外れた行いで金持ちになった者を羨んではならない。正しいことをして貧しくなった者を蔑んではならない」(今川了俊「今川状」)

・「正直な人のそばにいよ」(宮負定雄「民家要術」)

・「未熟な者は、相手に気に入られようとして、悪いことを良いように言い、良いことについては悪いように言うものだ。そのような者とは、決して親しくなってはならない」(伊勢貞親「伊勢貞親教訓」)

・「どんなものにもよさがある。どんなひとにもよさがある。よさがそれぞれみなちがう。よさがいっぱいかくれてる。どこかとりえがあるものだ。もののとりえをひきだそう。ひとのとりえをそだてよう。じぶんのとりえをささげよう。とりえとりえがむすがれて。このよはたのしいふえせかい」(佐々井典比古「万象具徳」)

・「壮年の時、戒めるべきは闘争だ。年老いたら、金を貯めることを戒めなければならない」(勝田祐義「金言童子教」)

・「やたらに喜ぶ者は、やたらに悲しむ」(新井白蛾「冠言」)

・「ふだんから、鏡を見て身なりを良くする修業をするのが良い」(山本常朝「葉隠」)

・「吝嗇ではなく、質素に暮らせ」(西村彦兵衛「象彦家訓」)

・「良い家というのは、慎みある暮らしぶりの家のことを言う。調子に乗った奢った暮らしをすると、良い家とは言われない。衣食住を倹約しなさい」(伊藤長次郎「伊藤家家訓」)

・「学問とは良い人になるための稽古」(中村弘毅「父子訓」)

・「幸不幸は家につくものではなく、人が招くもの。したがって、運次第というのは阿呆である」(伊藤長次郎「伊藤家家訓」)

・「何ごとも人に遅れをとってはならない。しかし、無益なことには負けておけ」(石川丈山「覚」)

・「志を立てることがすべてのことの源である」(吉田松陰「士規七則」)

・「人の短所を言ってはならない。自分の長所を誇ってはならない」(松尾芭蕉「芭蕉庵小文庫」)

・「薄い氷を踏んで落ちることを恐れるように、大勢の人と交わる時には十分用心すること」(貝原益軒「和俗童子訓」)

・「身持ちが悪く、放蕩で、身を立てることのできない輩がよくいる。この多くは、親の育て方が悪いからである。子を愛するなら、質素に育てよ」(脇坂義堂「撫育草」)

・「賢い母に育てられたら、その子は極めて賢くなる」(中村弘毅「父子訓」)

・「家族が仲良くすれば、すべてが成就する」(勝田祐義「金言童子教」)

・「儲けられる金の三分は人に儲けさせよ」(土倉庄三郎「不文家憲」)

・「御主人の内の事をば外へいて、よしあしともに言うな語るな」(脇坂義堂「撫育草」)

・「倹約とは、不自由を我慢すること」(伊達政宗「伊達政宗壁書」)

・「遊びごとにうつつを抜かすのは、金を捨てるのと同じだ」(堀流水軒「商売往来」)



本書のもとになっているのは、武家、商家の家訓、藩校や寺子屋の教科書、儒学者の書です。

江戸時代、警察も裁判所も、きちんと機能していなかったのに、犯罪が少なかったのは、本書のような「道徳」が普及していたからなのかもしれません。


[ 2014/07/11 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『人生論』武者小路実篤

人生論 (岩波新書 赤版)人生論 (岩波新書 赤版)
(1986/11)
武者小路 実篤

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本書の初版は、1938年(昭和13年)です。戦前~戦後の若者に大きな影響を与えてきた書です。

小説や水彩画での武者小路実篤の作品は、読んだり観たりした経験はありますが、エッセイは初めてです。本書には、武者小路実篤の思想や人間性が表れているように感じました。その一部をまとめてみました。



・下らない人間の、利己的欲望のために、貴き生命を無駄にするのは、惜しみてもあまりあること。今の世には、そういう仕事をしないと食えない人が多いのは残念なこと

・金を儲けるために仕事をする人がある。金が目的で一生をつぶす人がある。金をとることが仕事だと心得る傾きがある。生きるためではなく、金をとるために生きる人がある

正しい仕事は、他人に迷惑を与えない。できたら、他人に喜びを与える。また他人の生活に役立つ

・金を儲けることは悪いとは決まらない。しかし、他人を不幸にすることは悪いこと。人間が金銭を考え出したのは、はじめ便利のためだったが、それがあまりにも便利すぎるので、いろいろに発展しすぎて、ついに今日の状態になってしまった

権力争いとは、虫のいい争いで、決して両方の人格を高める争いではない。勝てば、物質上では得するが、正しく自己を生かしたとは言えない

・貧でいじける人よりは、富んで、積極的に何か人間の喜びになり、国民の生活のために働く人を賛美する。一番いけないのは、プラスのない人。欠点はあっても、長所のある人のほうがまだまし

・理想の職業というのは、その職業のために働けば働くほど、自分のためにもなり、他人のためにもなる仕事

・金を考えずに、ただ仕事のことだけを考えて、他人を損させない仕事はいくらでもある

・理性的な人間は、幾分冷静で、分別がある。過ち犯すことが少ない。礼儀を知っている。馬鹿なことはしない。それは、本能が弱いのではなく、本能をよく御しているから

・世間が怖いとか、悪口を言われるのがいやだとか、他人の思惑を恐れて、したいことも出来ない人間は、理性的な人物とは言えない。そういう人は、他人の制御を受けてやっとどうにか悪いことをしない人間で、他人さえ気づかなければいくらでも悪いことをする

・社会の大勢に支配されて、どうにかこうにか、あまり悪いこともせずに生きていく人は、人間を進歩させたり、文明に導いたりする力のほとんどない人

・道徳は、相手がもっともだと思ったとき、効が上がる。悪かったと思った時、ききめがある

・真の道徳心は、われらの生命を正しく生かすために与えられているものだから、それに従って生きる者は、自ずと人々の心を正しき処に導く力を持っている

・友情の価値は、両方が独立性を傷つけずにつき合えるという点にある。お互いに自己をいつわって仲よくなっているのだったら、その友情はお互いに害がある

・善良な愛すべき人は、国家にとって一番大事な人。その時の社会の命じるままに、善を善とし、悪を悪とし、別に大して疑いをはさまない人。金も名誉も嫌いではないが、ごく平凡な一生を送って、別に苦しみもしないで、楽しく暮らせればそれでいい人

・人間は何より生き抜くことが必要。死ぬまで生きること。生きている以上は何かする。自分の仕事を忠実に果たすのが大事

金とり仕事は、そのとった金で家族を養ったり、何か有益なことに使うならいいが、金とるそのことだけでは、人格を高めないし、叡智は深めない。また、良心を喜ばさない

・生き生きすること、学ぶことが必要であり、本当と思うことを行うことが必要

・真に自分の本心に従って生きようとした宗教家たちは乞食の生活を恐れなかった。現実にやっつけられても、乞食以上にやっつけられないことを知っていた彼らは、その生活に甘んじて、自分の行いたいことを行い、言いたいことを言った



昔も今も、賢人は人生を真剣に考えています。世間に流されずに、自分や社会を見つめています。

技術が発達していなくても、人生に関する考え方は変わりません。人生論の古典である本書を読むことは、現代人にとって、有意義なことではないでしょうか。


[ 2014/07/02 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『トクヴィル・現代へのまなざし』富永茂樹

トクヴィル 現代へのまなざし (岩波新書)トクヴィル 現代へのまなざし (岩波新書)
(2010/09/18)
富永 茂樹

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トクヴィルは19世紀半ばのフランスの思想家。日本で言えば、ペリー来航の少し前のころ、アメリカでデモクラシーの萌芽とそこで生じる社会の変容を目にし、人間社会の未来について考えた人です。

その思想は、今の時代を見通していました。現代に通用するトクヴィルの考えを少しまとめてみました。



・平等な社会では、幸福を充足する機会は誰にも与えられているが、しかしその幸福が手に入ることは滅多にない

・自由の中に平等を求め、それが得られないと、隷属の中にもそれを求める。貧困も隷従も野蛮も耐えるが、不平等には我慢できない

・アメリカ人は、常に逃げていく完全なる至福を求めて、この無駄な追求を飽きることなく続ける

・社会が画一的になるにつれて、人はどんなにわずかな不平等にも耐えられなくなる

・人々が特権に向ける憎悪の念は、特権が稀になり、小さくなればなるほど増大する。民主的情念の炎は火種が最も少なくなった時に一層燃え上がる

・特権と不平等が支配する世界しか知らない者は、どんな不平等にも耐えることができる。しかし、そこから脱出する可能性が明らかになるにつれ、不平等に対する凶暴で消し難い憎悪が胚胎してくる

・心が利益に支配されている限り、人の情熱は政治より経済へと向かう

商業は平等を前提条件としており、そのことが人間に穏やかな習俗をもたらす

・商業の習性ほど革命の習性に対立するものを他に知らない

・フランス人は自分よりすぐれた存在を望まない。イギリス人は自分より劣った存在を望んでいる

・羨望はデモクラシーの主題。平等への情熱は、強者を自分の水準に引き下げることを弱者に願わせる「卑しい好み」を呼び覚ます

・中央の行政権力は、あらゆる中間的な権力を破壊する

・都市に集まった群れは、物質的な享楽への熱望に刺激されており、妬みに由来する民主主義的な不満を見ることができる

・物質的幸福を求める情熱は、本質的に中産階級の情熱である

・中産階級の人々は、自身がエゴイズムや虚栄心にとらわれ、また物質的な安楽の追求に終始しているために、民衆=労働者の貧困と悲惨さにまで十分な配慮が届かない

・平等が行き渡った社会は、誰もが自分に引きこもり、他のすべての人々の運命にほとんど関わりを持たない

・民主的な圧政は、生命や財産を奪うことはないが、少数者は社会の中で異邦人でしかなく、「生きることを死ぬよりつらいものに」されてしまう

・平等への愛着にとらわれた人間は物質的な安楽、現在よりもよい生活を求めたがるので、その注意と想像力はたえず未来へと向かう

・宗教は希望に「特別な型式をもたらす」もの

・利益は「宗教でさえ人々を導くのに用いる主要な手段」。アメリカにおいて、利益が人間の情念を抑制する「手段」となっている

観念の流通は、文明にとって、身体にとっての血液の流通に相当する

・普通の市民が団体をつくって、そこに非常で豊かで影響力のある存在である「貴族的な人格」を構成することができる



フランス革命の後、アメリカの民衆が民主主義社会をつくり始め、トクヴィルは、民主主義社会が今後、どのようになっていくのかを考えました。

本書には、民主主義の予言が記されています。その現代へのまなざしは、参考になります。


[ 2014/05/16 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『実伝・黒田官兵衛』火坂雅志

実伝 黒田官兵衛 (角川文庫)実伝 黒田官兵衛 (角川文庫)
(2013/05/25)
火坂 雅志

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私は歴史が好きです。テレビでも、歴史番組をよく見ています。とりわけ、参謀、懐刀、知恵袋といったナンバー2に当る人物に興味があります。今年の大河ドラマに決まった黒田官兵衛は、その代表的人物です。

戦国武将一の知将と言われる黒田官兵衛に関する本をとりあげるのは、「人使いの極意」に次いで2冊目となります。本書にも、興味深い記述が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・官兵衛の有名な言葉に「草履片々、木履片々」というものがある。片方は草履で片方は下駄、そんなちぐはぐな格好でも、走り出さなければならない時がある、という意味

・官兵衛は、普段は吝嗇家と言われていたが、盛大な活きた金の使い方もする。「金銀も用ふべき事に用ひずは、石瓦に同じ」というのが、官兵衛のモットーだった

・官兵衛に、「我れ人に媚ず、富貴を望まず」という言葉がある。確かに、官兵衛は、ゴマをすって人に取り入ろうとはしなかったし、贅沢な暮らしもしようとはしなかった。けれども、仙人のような清廉潔白さを貫いたわけでもない

・官兵衛は、戦が好きだった。それは勝って領地を拡大すること、勢力を拡大することが楽しいのではなく、自分が人より抜きん出た智謀・智略を巡らして勝つというプロセスが好きだったから、ということ

・秀吉や家康は「政治家」だったが、官兵衛は「芸術家」だった。芸術家というものは、自分の描いた絵をみんなに見てほしい、自分の作った音楽をみんなに聴いてほしい。自分が表現したいものを外に出していく。心の裡にあるものを押し隠すことはできない

・官兵衛の言葉「夏の火鉢、旱(ひでり)の傘」は、底冷えする冬になれば、火鉢は役に立ち、雨降りには、傘が役立つことを言っている。一方的に「あいつは使えない」と判断してはいけない。いいところを引き出してやるのが、上に立つ者の役目だ、ということ

・官兵衛の「相口、不相口」というのは、相性の合う人には、つい贔屓目になり、相性の合わない人には、話を聞く耳を傾けずに遠ざけてしまうし、ちょっとしたミスも気に障る。そういうものだから、私心が入り込んで目が曇らないように注意すること、という意味

・官兵衛の「将たる人は、威というものなくては、万人の押へ成りがたし」というのは、大将たる者には威厳がないと、人々の抑えがきかないが、威厳というものを誤解して、やたら威を振るってはいけない、という意味

・真のいくさ人とは、いかなるときも肚がすわっていなければならない。しかし、石田三成は目先の現象にとらわれ、大局を見ていなかった。「これがこの才子の限界であろう」、官兵衛は三成の人物を見切った

・秀吉は官兵衛の才知を恐れたが、「由々しき曲者」を利用することを忘れなかった。中国戦線以降も、官兵衛を脅かしながら使い続けたのは、人使い第一といわれた秀吉の狡さ

・官兵衛は、息子の恩人であり、また自分の進むべき道を示してくれた竹中半兵衛の志を、遺品の軍配・采配とともに受け継ぐ。官兵衛はこのとき、半兵衛が説いた「まことの軍師」になることを胸に誓った

・官兵衛は、その昔歌人を目指すほどの文学青年であり、それゆえどこか純粋な「ロマンチスト」な部分を生涯持ち続けていた。そこが、「リアリスト」竹中半兵衛との違い

・官兵衛は福岡城中に「異見会」を設けた。これは「月の上中下旬の三回開く」「場所は大広間」「誰が出席してもよい」「会議内容の秘密を保持し、低身分の者が上級者を批判しても、上級者はわだかまっても、人事で報復してはならない」という民主主義的な会議

・如水(官兵衛)は隠居した後、毎日歩いて、町の人々に声をかけ、意見も聞いて、息子に「こういうことを聞いたぞ」「このへんを直したらどうか」と、世論を受け入れた

・如水は、息子長政に「われひとりの功を好むは匹夫の勇にして大将たる道にあらず」と、武功を誉めることなく、逆にその行動を戒めた

・時を待った結果は、裏目に出た。筑前五十二万石が与えられただけ。天下無双の博打うちも無駄に終わった。あとは身を引く以外になかった。如水ではどうにも手をつけられないくらいに徳川政権は構成されていた。残されたのは、茶と歌とキリスト教だけだった

・如水は長政を呼び寄せ、「上天子より下百姓に至るまで、一日として食物がなくては世に永らう者はない。国を富まし士卒を強くすることが根本第一」と遺言した



黒田官兵衛は天下獲りを十分に狙えた人物です。最終的には、筑前の領主となりましたが、無念だったと思います。いつ、どこに生まれるか、誰を上司に選ぶか、決断するのはいつか、などによって人生はガラッと変わってしまいます。

まさに、運と実力に恵まれないと、勝者にはなれません。信長、秀吉、家康だけでなく、戦国武将たちの生き方は、我々に多くのものを教えてくれます。本書もその一助になるのではないでしょうか。


[ 2014/01/10 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『チャーチル150の言葉』

チャーチル150の言葉チャーチル150の言葉
(2013/05/16)
不明

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チャーチルは、第二次世界大戦開戦当時、イギリスの海軍大臣を務め、後に首相となって、イギリスを戦勝国に導きました。また、別の顔として、1953年にノーベル文学賞を受賞しています。

政治家であり作家であったチャーチルには、さまざまな名言が残されています。それらを150にまとめたのが本書です。意味深な言葉が数多く載せられています。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・決してあきらめてはならない。決して、決して、決して。事の大小にかかわらず、人生の大事であれ些事であれ、決してあきらめるな

・確実な勝機を見逃してはならない。目の前の戦いが血を流すことなく、簡単に勝つことができるにもかかわらず、もし戦わないというならば、生き残るのが難しい状況で、いつか戦わなくてはならない日が来るだろう

・今立っている場所の両側に断崖絶壁があるとしよう。一方は「慎重過ぎる」という断崖。反対には「大胆過ぎる」という断崖だ

・多数派の意見が癌を治すわけではない。必要なのは治療だ

・われわれの将来は自らの手の中にある。われわれの選択したものによって、人生は作られるのだから

・長い人生では状況は移り変わる。その中で首尾一貫した態度を貫く唯一の方法は、常に不動の人生の目的を持ち、それ以外は状況に合わせる柔軟性が重要だ

・一生起こらない物事を先回りして心配し、心配することで人生を費やしてしまうほど、無駄なことはない

・人生は謎解きゲームだ。死ぬ時にその答えがわかる

・唯一、味方同士で争うより悪いことがある。それは味方無しに孤立無援で戦うことだ

・国家の強靭さとその文明は、建築現場で足場を組むように出来上がるものではない。その成長はむしろ植物や樹木の生長に近い。育てることに比べたら、木を切り倒すことはひどく容易なものだ。だからこそ次の木を植える前に、誰もその木を切り倒してはならない

勇気とは立ち上がり、発言すること。また同時に、着席し、耳を傾けることも勇気である

・苦い薬を飲み干す方法はただ一つ。一気に飲み干すしかない

・金は機嫌をとるための賄賂として使うこともできるし、結果を出すための「テコの原理」のテコとして使うこともできる。テコとして使った場合は、大きなものを小さな力で動かすことができる。支点、力点、作用点がどこにあるかをよく考えて金を使おう

外交とは、相手の感情を損ねることなく、明白な真実を伝える特殊な技術のこと

・どんな逆境にあっても、良心を持とう。唯一、良心こそが自分を守る盾となる。人々の心ない中傷から守る盾となるのは、自らの良心に基づいた、清廉潔白で公正な行動なのだから

・すべての叡智は新しいものではない。先人から学んだもの

・理想の姿なくして人間は進歩できない。だが、他人の犠牲の上に成り立つ理想主義は、最高の思想となることなどあり得ない

・人々の憤りを喚起できるのは、自分の心が真の怒りに満ちている時だけだ。人々に涙を流させるには、自分も心から涙を流さなくてはならない。人を説得するには、自分がその事実を徹頭徹尾、信じていなければならない。真実の感情だけが人の気持ちを動かすのだ

・深淵で豊かな知識なくしては、想像力は危険な罠に過ぎない

・貧困という代償を払って平等をとるのか、不平等の代償として繁栄をとるのか、どちらが良い選択だというのか

・若い時には自由と改革、中年には思慮分別のある妥協、老年期には安定と休息がもたらされる


チャーチルは前向きで、我慢強い人です。その性格がもたらされたのは、希望や目標があったからではないでしょうか。

しかも、希望や目標に向かって、知性や知恵を積み重ねていくことで、その性格を強固にしていったのかもしれません。本書は、チャーチルを簡潔に知ることができる書です。


[ 2013/11/22 07:53 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な (ワイド版)』芥川竜之介

侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な (ワイド版岩波文庫)侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な (ワイド版岩波文庫)
(2013/03/16)
芥川 竜之介

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芥川竜之介の箴言集「侏儒の言葉」は、以前、本ブログで紹介しました。本著は、その拡大版になります。

以前、紹介できなかった箴言で、新たに共感できた言葉を一部要約して、紹介させていただきます。



・道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである

・道徳は常に古着である

・良心は病的なる愛好者を持っている。そういう愛好者は十中八九、聡明なる貴族か富豪かである

・我々の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。ただ我々の好悪である。あるいは我々の快不快である

・我々は人生の泉から、最大の味を汲み取らなければならぬ

・人生は狂人の主催になったオリンピック大会に似たもの。我々は人生と闘うことを学ばねばならぬ。こういうゲームのばかばかしさに憤慨を禁じ得ないものは、さっさと埒(らち)外に歩み去るのがよい

・人生は常に複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは、暴力より外にあるはずはない

・完全に幸福になり得るものは、白痴にのみ与えられた特権である

・天才の一部は、明らかに醜聞を起こし得る才能である

・女は常に好人物を夫に持ちたがるものではない。しかし男は好人物を常に友だちに持ちたがるものである

忍従はロマンティックな卑屈である

・単に世間に処するだけならば、情熱の不足などは患えずともよい。それよりもむしろ危険なのは明らかに冷淡さの不足である

・古人を罵るのは、今人を罵るよりも確かに当り障りがない

・あらゆる作家は店を開いている。私が作品を売らないのは、買い手のない時、あるいは売らずともよい時

自由思想家の弱点は自由思想家であること。彼は到底、狂信者のように獰猛に戦うことはできない

・彼の幸福は彼自身の教養のないことに存している。同時にまた、彼の不幸も

・何と言っても「憎悪する」ことは、処世的才能の一つである

・古人は神の前に懺悔した。今人は社会の前に懺悔している。阿呆や悪党を除けば、何人も何かに懺悔せずには娑婆苦に耐えることはできないのかもしれない

・恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたもの

他を嘲るものは同時にまた他に嘲られることを恐れるものである

・我々の誇りたいものは我々の持っていないものだけである。ドイツ語堪能の人物の机上にあるのが、いつも英語の本ばかりのように

・天国の民は、何よりも先に胃袋生殖器を持っていなはずである

・私は良心を持っていない。私の持っているのは神経ばかりである

・私を造り出したものは、必ずまた誰かを造り出すであろう。一本の木の枯れることは極めて区々たる問題に過ぎない。無数の種子を宿している大きい地面が存在する限りは



本書は、戦前、軍人を侮辱しているという理由で改訂処分を受けた作品です。本当のことをグサッと言い切る芥川の言葉は、それだけ本質を突いたものだったのかもしれません。

この本に書かれているような「人間の悪」を直視できるようになれば、一人前の人間になれたということではないでしょうか。


[ 2013/11/14 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(2)

『逆境を越えてゆく者へ』新渡戸稲造

逆境を越えてゆく者へ逆境を越えてゆく者へ
(2011/07/01)
新渡戸 稲造

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前の五千円札の顔であった著者の本を紹介するのは、「一日一言」に次ぎ、2冊目です。

本書は、著者の歴史的名著である「修養」「自警」を編集したものです。100年を経て甦る力強きメッセージです。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・シラーは「世界の歴史は世界の審判である」と言った。いかに苦しいことがあっても、ヤケになってはいけない。苦しみはいつまでも続くものではない。逆境にある人は絶えず「もう少しだ、あともう少しだ」と思いながら進むこと。必ず前途に光明が現れる

・他人が楽しい思いをするのは、決して自分の損ではない。しかし他人が楽しんでいるのを見ると、自分が損するかのように思う者が多い。これがさらに進めば、他人に幸いがないのを喜び、不幸が起ころうものならいい気味だと思うようになる

・人を世話する種をまくと、怨みを収穫することを覚悟すべき

・逆境を切り抜けるということは、人を鍛錬するから、人物は非常にしっかりするのだが、性格的にのびのびしたところがなくなる。つまり、しっかりしているが温かみがなくなる

・他人が自分の痛みを知らないからといって、誰かれ構わず、その苦痛を訴えるのは卑怯であり、これは卑しい根性

・すべてが苦いと思っても、その中に小部分の甘みもある。心がけのある人は、この甘いものを発見する

・順境は自分と周囲の関係。したがって、周囲を変えることができなくても、自分の立場を変えることで、逆境を順境に転じることができる

・順境にある人は傲慢になりやすい。人に褒められると、今まではそれほどに思っていなかったのに、妙にのぼせ上がる

・逆境にいるときは、受けた恩を忘れないものだが、順境に達し、得意になると、以前の苦しかった記憶がだんだん薄れていき、受けた恩も忘れがちになる

・順境になると、不平不満を言いだす。さらに一歩進むと、調子に乗り、しなくていいことをする、あるいは、してはならないことに手を出したりする

・怠惰に流れそうになったら、自分が戒めているのは「ここだな」と反省する。どんな些細なことでもよい。「ここだな」と思えば、志は継続され、目的を達することができる

・決心の継続を妨げる三つの外因は、「1.そんなことはやめろという反対」「2.生活環境の変化による中断」「3.他人の嘲笑」

・人が貯蓄を始めるのは、その人に先見の明があるかどうか。先のことも考えず、ただやみくもに蓄えるのは吝嗇

・余力があれば直ちにすべてを乱用する者は「最も下等」。乱用することを恐れてなるべく余力を持たないようにし、不足であることを喜ぶ者は「中等」。余力があればなおさら節度を守り、今日必要でないものは他人あるいは後日のために貯蓄する者が「最上」

貯蓄心のある者は、考えが綿密で何事もおろそかにしない。ものを頼んでもきちんと終わりまでしてくれるので頼みがいがある。一方、豪傑風の人は、いずれ天下国家を頼まれるという意気込みだが、うかつにこれらの人に頼む気にはなれない

・ケチにならない程度に貯蓄心のある人は頭が綿密であり、将来必ず有益な国民になる

知識を養い蓄えるには、良書を読み、有益な話を聞き、自分以上の人と交わり、時には黙想して、心に得たことを心の蔵の中に深く入れること

・道は近きにあり。近いとは各自の心の内ということ。それを外に求めるのは間違い

・意志堅固なら、賢い賢くないを問わず、困難が迫っても断行する。「かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂」(吉田松陰)の強さがあれば、臆病にならない

・勝つ相手とは、「我にかちみかたに勝ちて敵にかつこれを武将の三勝といふ」(楠正成)

・物質的利益を超脱し、名誉、地位、得失に淡々とすることができれば、世間で行われている勝敗は、子供の遊びにすぎなくなる。本当の勝利者は、自分に克つ者で、私心をなくすことが必勝の条件である



新渡戸哲学の真髄は、「知恵と心根」です。この二つは、逆境を越えていくのに必要なものです。

本書は、今、逆境にあって、「なにくそいまに見ておれ」と思っている人の励みにもなり、慰めにもなる本ではないでしょうか。
[ 2013/09/03 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『万能人とメディチ家の世紀―ルネサンス再考』池上俊一

万能人とメディチ家の世紀―ルネサンス再考 (講談社選書メチエ)万能人とメディチ家の世紀―ルネサンス再考 (講談社選書メチエ)
(2000/09)
池上 俊一

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15世紀イタリアに花開いたルネサンスとは何だったのか?そのルネサンスを支援したメディチ家とは、何者だったのか?以前から興味がありました。

本書は、建築家、自然科学者、音楽家、画家、詩人、哲学者など万能人であったフィレンツェのアルベルティの著者をもとに、ルネサンスをひも解こうというものです。

閉塞感漂う状況から活気に満ちた状況へと劇的な変化をもたらしたルネサンスに学ぶことは、今の日本において大切だと思います。そのヒントが本書に多く載っていました。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・メディチ家が、巧みな制度の操作で権力の頂点に昇りつめたのは、この時代のフィレンツェに都市のイデオロギーが市民の心にあったから。14~15世紀のイタリア各都市の市民の胸には、ユートピアの都市イメージが、大きく成長していた

・由緒正しき都市の来歴、公共建築物の美しさ、市民の豊かさと慈悲深さと高貴さ、などを称える都市賛美の精神は、市民たちに共有され、戦時や危機の際には、ひときわ高揚した。公共の福利より私利を重んじる者を断罪する、市民的愛郷心もあった

・政体が目まぐるしく替わっても、それとは無関係に、都市は法と正義と秩序が支配すべきだとの観念は健在で、市民は、公共建築(道路、広場、教会、市庁舎、ギルトホール、市壁、橋、泉など)の美化・強化には熱誠を示し、しばしば無償の奉仕をした

・メディチ家やメディチ派は、こうした市民に広く流布した祖国愛を逆なでせず、温存・促進しようと政治的に努めた。公共領域への関心は、指導階層のみならず、団体、階級、党派を超えて市民を一体化する「都市のイデオロギー」になっていた

・メディチ家の下には、中小パトロン(上層市民、教会・修道院、ギルドなど)が無数にいた。パトロンが絵や彫刻を依頼するに当たり、画家や彫刻家との契約には、金銭支払い、期限などのほか、テーマや構図、色や絵具の材質など細密な指示がなされていた

・15世紀には、多くの芸術家や作家が、イタリア諸国の支配者層や高位聖職者に絵画や彫刻、書物を捧げ、かわりに、贈り物お金、ときには閑職年金まで手に入れた

・北方のヴェネチアやジェノヴァは地中海貿易に奮励し、イスラム商人とも取引して、奢侈品貿易と奴隷貿易で利益を上げた。内陸にあるフィレンツェは毛織物業で世界に雄飛した。こうした商業による大きな収入が、都市の富を増大させ、ルネサンス文化を支えた

・商人たちは、お金を大切にするよう息子たちに説き、また、お金があれば、妻も友人も名誉も、真実さえも手に入るのだと説き、貨幣経済を賛美した

・13世紀に誕生していた為替手形に加え、14世紀後半に貸借の決済が、銀行預金者の間で、振替、銀行小切手など、現金を動かすことなく行われるにおよび、近代的銀行が誕生した。15世紀には、フィレンツェで一種の為替市場(取引市場)センターが産声をあげる

・複式簿記の導入により、正確迅速な収支決算がつくれるようになった。この抽象的でテクニカルな制度が、数学、法律、言語、地理、経済を学び、ローマ古典を愛読する知的商人の登場をもたらした

・商人にとっては、神への信仰は金儲けに無関係ではなく、善行(喜捨、祈り、ミサ)とあの世での報いは正確に対応する勘定高い一種の契約だった

・イタリアで急速に印刷術が普及したのは、ものを欠く学者、作家が多く、字の読める層が広範にいて、学校、個人的勉学、仕事、趣味などで大量の需要があったから

・「建築論」でアルベルティは、「量の調和」「線の調和」「位置の関係」を通じて、美を「均整」と「自然」に関連させた。建築は、均整を可能な限り追求し、威厳と優美と権威を獲得し、評価されるとした

・贅沢品の嗜好が、一握りの富裕者の独占ではなかった。市民の多くが、家の内部を飾るために、美術品や工芸品の購買熱に浮かされた

・女性の役割は、「家を継続させる(子を産み育てる)」「有利な姻戚関係を築く駒になる」「結婚持参金を持ってくる」こと。女性が自己実現できる場は、おしゃれを誇示して、宗教の場などに出向くだけであった

・15世紀のフィレンツェでは、貴族や上層市民たちが、競って、郊外にヴィラ(自給自足的な農園付き別荘)を所有し、サロンとして活用された。夏の避暑地としても利用された



都市の名誉をかけて、各都市が、街の美観、芸術の振興などに競い合ったことがルネサンスのもとになっています。

競い合う過程で、権力者たちが、私利私欲に走らず、市民が夢見る都市の名誉にお金をふんだんに使ったことで、ルネサンスがより大きく花開いたように思います。

各都市が、一丸となって、真善美を競い合った結果、イタリア全体も活況を呈することになりました。今の日本に必要な政策が、ここにあるような気がします。


[ 2013/08/18 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『学問のすすめ・現代語訳』福沢諭吉

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)
(2009/02/09)
福澤 諭吉

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福沢諭吉の本を紹介するのは、「福翁百話」に次ぎ、2冊目です。本書は、明治初期に出版された「学問のすすめ」の現代語訳です。

読みやすく、編集されていますので、福沢諭吉の学問に対する熱い思いが、今にも伝わってきます。その思いの一部を要約して、紹介させていただきます。



・人は生まれたときには、貴賎や貧富の区別はない。ただ、しっかり学問をして、物事をよく知っている者は、社会的地位が高く、豊かな人になり、学ばない人は、貧乏で地位の低い人になるということ

・士農工商それぞれの責務を尽していくことが大事。それぞれの家業を営むことで、個人的に独立し、家も独立し、国家も独立することができる

・自由とわがままの境目は、他人の害となるかならないか。自分のお金を使って自由に、やりたい放題やっていいわけではない。やりたい放題は、他の人の悪い手本になって、やがては世の中の空気を乱してしまい、人の教育の害にもなる。その罪は許されない

・中国人は、自国より国がないように思い、外国人を見れば、「夷狄」と呼び、これを嫌い、自分の力も客観的に把握せずに追い払おうとし、かえって「夷狄」に苦しめられている。その現実は、国として身のほどを知らないところからきている

・国民がみな学問を志して、物事の筋道を知って、文明を身につけるようになれば、法律もまた寛容になっていく。法律が厳しかったり寛容だったりするのは、ただ国民に徳があるかないかによって変わってくるもの

・法律をつくり、悪人を罰し、善人を守る。これが政府の「商売」というもの。この商売には費用がかかる。百姓や町人から税金を出してもらって、その財政を賄おうとする。この「政府と人民の取り決め」が、すなわち「社会契約」である

・ある国の暴力的な政治というのは、暴君や官僚のせいばかりではない。その大元は、国民の無知が原因であって、自ら招いた禍とも言える

・独立の気概のない者は、必ず人に頼る。人に頼る者は、必ずその人を恐れる。人を恐れる者は、必ずその人にへつらう。常に人を恐れ、へつらう者は、だんだんそれに慣れ、面の皮が厚くなり、恥じず、論じず、ただ卑屈になるばかり

・人民は長い間、専制政治に苦しめられたので、政府をごまかし、偽って罪を逃れようと、不誠実なことが日常習慣となった。政府は、その悪習を改めようと、権威をかさに威張り、叱りつけ、人民を誠実にしようとしたが、かえって人民を不誠実に導くことになった

・民間の事業のうち、十に七、八までは官に関係している。このせいで、世間の人の心は、ますます、官を慕い、官を頼み、官を恐れ、官にへつらい、ちっとも独立の気概を示そうとする者がいない。その醜態は見るに耐えない

・自分が楽しいと思うことは、他人もまたそれを楽しいと思うのだから、他人の楽しみを奪って、自分の楽しみを増すようなことはしてはいけない

・政府が法律を作るのは、悪人を防いで善人を保護し、社会をきちんと機能させるため。学者が本を書き、人を教育するのは、後輩の知識を指導して、社会を保つため

金が好きなのは人間の本性。その本性に従い、これを十分に満足させようとするのをとがめられない。だから、金を好む心の働きを見て、ただちに欠点としてはいけない。ただ、限度がなく、道理を外れて、金を得る方向を誤り、道を踏み外すのは、欲張り・ケチ

・驕りと勇敢さ、粗野と率直、頑固と真面目さ、お調子者と機敏さはペア。どれも場面と程度と方向性によっては、欠点にもなるし、美点にもなる。ただ一つ、どの働きにも欠点一色なのが怨望。怨望の働き方は陰険で、自分も得にならないし、他人に害を与えるだけ

・物事を軽々しく信じていけない。また軽々しく疑うのもいけない。信じる、疑うには、取捨選択のための判断力が必要。学問は、その判断力を確立するためにある

・心が高いところにあって働きが乏しい者は、常に不平を持つ。自分にできるような仕事は自分の心の基準に満たないので、仕事に就くのを好まない。かといって、理想の仕事にあたるには実力が足りない。そして、その原因を自分に求めようとせず、他を批判する

・傲慢無礼で嫌われている人、人に勝つことばかり考えて嫌われている人、相手に多く求めすぎて嫌われる人、人の悪口を言って嫌われる人。どれもみな、他人と自分を比較する基準を誤っている。自分の高尚な考えを基準に、これを他人の働きと照らし合わせるから



明治の初めに、本書を書いた福沢諭吉は、凄い人です。でも、本書がベストセラーとなった当時の日本人も、凄かったのではないでしょうか。

本書は、庶民が、変わらなきゃと思っていた証です。明治維新の諸改革は、為政者がやったのではなく、庶民がやったことなのかもしれません。


[ 2013/06/21 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは』李登輝

「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは (小学館文庫)「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは (小学館文庫)
(2006/04)
李 登輝

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李登輝台湾元総統は、京都大学に進み、日本の精神を学びました。台湾の総統になってから、新渡戸稲造の「武士道」の心を国の発展に生かした方です。

その李登輝氏が、武士道の心である「ノブレス・オブリージュ」(位高ければ徳高き)の精神を研究したのが本書です。明治期の日本の思想家を日本人以上によく研究されています。その熱意に驚くばかりです。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・武士道には「公義」(社会的正義)が説かれているからこそ、今なお燦然と光輝いている

・大陸の中国人を評価しないのは、同じ「孔孟の書」に接しながら、武士道に培われた日本人のような「実践躬行」の精神が希薄だから。まさに「論語読みの論語知らず」で、口先ばかり。そして平気で嘘をつく

・人間すべからく正直でなくてはならない。新渡戸先生の「武士道」の中にも、オネスト(正直)とオナー(名誉)とは同根であると書かれている

・中華人民共和国そのものが根本的な嘘。孫文の「三民主義」を実現するための国家体制であると公言しながら、民主主義であったことがない。人民(ピープル)に対して、自由や平等を許容したことがない。独裁国家的で、冷酷かつ残忍なことばかりしてきている

・台湾大地震のときも、中国はほとんど援助の手を差しのべてこなかったくせに、「李登輝はこの非常時に何もしないで遊んでばかりいる。いや、この天災を利用して私腹を肥やそうとしている」などと、とんでもないデマを流して、足を引っ張ろうとした

・人間、死んだ気になりさえすれば、どんなことでも成し遂げられる。すなわち、徹底的に「死」の意味を追求していくことによって、結局、輝かしい「生」の彼岸に到達できる

・内村鑑三や新渡戸先生は、凝り固まった「一宗教の信仰者」とは違う。キリスト教のみならず、儒教や仏教など、あらゆる宗教や思想を引用しながら、「道徳体系としての武士道」の本質を解き明かした。このような「寛い心」が世界の人々に深い共感と感動を与えた

・儒教は善悪を定めた道徳なので、死生観がはっきりしない。そのため儒教においては、人間個々の生きる意義と、そこに立てられた道徳の間に、かなりのずれが生じる。内村鑑三や新渡戸先生がキリスト者になったのは、儒教における死生観の不在のため

・死を親しむ心ではいけない。死は知ることが大切。死を知ることによって生をどう生きるかという問題意識を持つことが何より大切

・個人的な欲や物質主義から超越した、もう一つ高い形而上学的なものが信仰。信仰というのは理性ではない

・共産党一党独裁政権による宗教弾圧を受けなかった台湾人社会の中には、漢民族の神仏混淆的な古き良き時代の伝統や風習が力強く生き残っている

・新渡戸先生は、「義と勇は双生児の兄弟である」と言った。「義」が頭の中にあっても、それを実行するための「勇気」がなければ何もできない。何もしなければ「義」ではない

・新渡戸先生は「勇気は、義のために行われるのでなければ、徳の中に数えられるにほとんど値しない」と断言している。これは間違いのない真理

・カーライルは「恥はすべての徳、善き風儀ならびに善き道徳の土壌である」と言っている。敗戦直後、アメリカ人から「国民性」を高く賞賛されていた日本は、「武士道」を踏みにじり、「恥の文化」を捨て去った。それが、私が愛した日本の戦後史の偽らざる実態

・新渡戸先生は「武士道は非経済的である」と明言されている。なぜならば、「武士」という身分は、報酬や金を期待してはいけない仕事に身を捧げた人だから。その尊い仕事をする「武士」を育てる上で絶対不可欠な存在として「教師」をあげている

・「武士は食わねど高楊枝」は、「克己」(セルフコントロール)と一致する。だからこそ、高貴な身分(ノーブレス)として、一般大衆から高い尊敬と信頼をかちえることができた

・中国大陸で一番大きな問題は、役人たちの汚職腐敗。台湾がいち早く「正しい国」に生まれ変わることができたのは、「政治改革」「行政改革」と、それを通して役人や国民全体の「意識改革」があったから。それを支えたのが「教育改革

・日本は「武士道」という世界一素晴らしい精神的支柱があるのに、戦後半世紀以上の長きにわたって、世界に誇るべき「大和魂」を意識的に踏みつけてきた。日本の「抜本的改革」を断行するには、リーダーの指導理念や政治哲学(武士道や日本精神)が絶対に必要



役人(公務員)、政治家、教師、マスコミ関係者、法曹関係者、医師、宗教者など社会の上に立つ人たちが、公義に尽すかどうかが、その国の将来を左右します。社会の上に立つ人たちが、公正ではなく、不当な利益を得る国家は発展しません。

新渡戸稲造の「武士道」の本質は「公義」です。台湾が戦後目覚ましい発展を遂げたのは、この「公義」の精神が国民に浸透できたからで、本家本元の日本が、その精神を忘れていると、李登輝さんは言っています。大いに耳を傾けるべきことではないでしょうか。


[ 2013/06/10 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『マルティン・ルター―ことばに生きた改革者』徳善義和

マルティン・ルター――ことばに生きた改革者 (岩波新書)マルティン・ルター――ことばに生きた改革者 (岩波新書)
(2012/06/21)
徳善 義和

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ヨーロッパに行けば、カトリックの国(フランス、イタリア、スペインなど)と、プロテスタントの国(ドイツ、スイス、オランダ、北欧諸国など)では、国民性が大きく違うことに気づきます。

マルティン・ルターは宗教改革者で、キリスト教を新しい世界(プロテスタント)へ導いた人です。でも、どう導いたのか、その目的は何だったのか、さっぱり知らないまま、その名を何となく知っていただけでした。

本書を読み、ルターという、世界の歴史を大きく変えた、その人物像と行動を深く知ることができました。その一部を要約して紹介させていただきます。



・ルターは「言葉に生きた人」。聖書の言葉を、民衆のために、民衆のわかる言葉で説き続けた。宗教改革とは、ルターが、聖書によって、キリスト教の世界を再形成した出来事

・民衆たちは、教会が提供する幸いや救いを求め、これにすがりながらも、教会で語られ、書かれるラテン語を理解できない。教会と民衆の隔絶。それが宗教改革への隠れた要因

・宗教改革とは、「聖書を読む運動」。それは、聖書を一人で読むところから始まって、みんなと一緒に読み、読んだことをみんなと分かち合っていく運動

・ルターは「民衆の口の中をのぞき込むように」聖書を翻訳した。それは、民衆は普段どんなふうに話をしているか、何を考え、何を必要と感じているか、そうした民衆の魂に向けて話をしなくてはならないと、ルターが考えていたことを示している

・ルターが指摘し、厳しく批判したのは、教会組織や聖職者たちの堕落や腐敗そのものではない。ルターを宗教改革の転回点に立たせたのは、人間の魂に対する危機意識

・ルターは教会の教えが民衆を誤った信仰に導いていることに強い憤りを感じていた。教皇を初めとする教会に対する厳しい批判は、この憤りからくるもの

・ルターが、あらゆる苦難と困難を乗り越えて成し遂げようとしていたのは、人々の魂を支える「信仰の再形成

・ルターの著作は、初版544点、総点数3183点。各著作の発行部数は、推計300万冊を超え、宗教改革期のヨーロッパ出版物総数の半分以上を一人で占めることになる。文字の読めない人への読み聞かせも含めると、その影響力は数字以上のものがあった

・ドイツ語による説教に続いて、ルターが導入したいと考えたのが、民衆が歌うドイツ語の賛美歌。中世のラテン語の聖歌では、民衆は何を歌っているのか理解できなかった

・民衆運動としての宗教改革には、聖書のメッセージを説教によって聴く、受動的な「言葉の運動」の側面と、そのメッセージを受け止めて声を出して歌う、能動的な「歌声の運動」の側面がある。賛美歌説教は両輪をなし、ルターの礼拝改革を支えた

・ルターは生涯の間に50編ほどのコラール(民衆の歌う賛美歌)を作詞し、そのいくつかは作曲もした。ルターの言語感覚の鋭さと音楽的才能をうかがえる作品が残っている

・16世紀の後半から17世紀にかけて、ドイツは優れたコラールの作詞家、作曲家を数多く輩出した。もし、彼らのコラールがなければ、バッハのオルガン曲、カンタータ、受難曲、オラトリオなどの教会音楽は生まれなかった

・ルターは、町の人々の顔を思い描きながら、言葉を吟味し、翻訳した。ルターの翻訳の特徴は、力強さとわかりやすさ。ルターが用いたドイツ語はその後、標準化されていった

・ルターは、神が、「すべし」「すべからず」の戒めと、「すでに満たされている」の良い知らせの二通りの言葉を語る、とまず理解した。神学的には、聖書の「律法」と「福音」。そして、ルターは、律法から福音への転回運動が人間に救いをもたらすとの理解に到達した

・ルターは、第一に、聖書は「祈り」をもって読むべき、と言う。自分に「示してください」「教えてください」の祈りの心で読まなければ、聖書の真理は心に入ってこないと説く

・ルターは、第二に、聖書は黙想して繰り返して読むべき、と言う。五感のすべてを挙げて繰り返し取り組むことで初めて、聖書の言葉は心に深く入ってくると説く

・ルターは、第三に、試練をもって試練のただ中で読め、と言う。修道生活のように世俗の生活から離れて、聖書を静かに瞑想するのではなく、試練の多い実生活のただ中で読むとき、聖書の言葉は、生きて心に働きかけると説く



布教活動、PR活動には、「言葉」が欠かせません。その言葉は、シンプルに、誠実に、が鉄則です。また、それを「声」に出して、みんなを楽しませるというのも鉄則です。

ルターは、意図的でなく、純粋な気持ちで、「言葉」と「声(歌)」の改革を行った結果が「宗教改革」につながったのだと思います。本書を読むと、言葉の力の大きさに改めて気づくのではないでしょうか。


[ 2013/06/07 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)