釈徹宗さんは、教養が半端でない、まったく新しい宗教学者です。住職の他に、大学教授も務められ、その博学たるや、仏教、キリスト教、イスラム教などの宗教学だけに及ばず、心理学、哲学、社会学、歴史学、民俗学にも精通されています。
さらに、漫画、映画、小説、演劇、落語にも詳しく、それらを例えに引用して、誰にもわかりやすく、宗教を説明されています。
本書は、釈徹宗さんが、専門書以外で、初めて書き下ろした400ページ近くに及ぶ力作です。知的刺激を受ける箇所ばかりです。それらを要約して、紹介させていただきます。
・すべての宗教は外部を提示することで、世俗を相対化する。創造神、来世、前世、彼岸、霊界などは、すべて
世間の外部。一歩間違えれば、宗教は
日常を壊す暴力装置にもなる
・宗教を「つまみ喰い」すると、世間からの離脱や、世俗を超えた気になる「
宗教の罠」にはまる。だから、個人の体験を軸にした「宗教」や「宗教的言説」には慎重であるべき
・仏教は非常に成熟している。
仏教が説くのは、世俗に埋没するのでもない、また神秘体験でも超能力でもない、「今」・「私が」・「ここにいる」ことの不思議
・近代社会のシステムは、欲望を煽る。「効率」よく「進歩」することが、良い社会、幸せへの道。昨日より今日、今日より明日、一歩でも前に進み、努力して、競争に勝ち、幸せをゲットする。それは「
知性や理性の力によって幸福へ到達できる」という信仰
・煽られることで「自分というもの」は肥大化する。仏教では、「自覚的に調えない限り、自分というものは肥大し、暴れる。それにより、生きる上での
苦悩も肥大化する」と説く
・「お金なんて、そのうちなんとかなるだろう」と考えている人は、お金に関する苦しみは少ない。美しい容姿が拠りどころの人は、老いていくことが他の人よりずっと苦しい。何が
苦を生みだしているのかを自覚せよ、それが仏教の手法
・経済のバブルは崩壊したものの、
自我のバブルは続いている。実体もない情報によって泡立てられるバブル状態。肥大した自我を抱えて苦しんでいるのが、今の私たち
・目的達成に向かって、精神的・肉体的エネルギーのすべてを集中的に注ぎ込み、目的達成に関係のない事柄に、エネルギーを使わない。これが「
禁欲」のエートス(行為規範)
・意外かもしれないが、イスラムは無理な伝道はしない。隣接するところに拡大する。そのため、遠隔地である日本への影響は弱い
・「
外部」(神や来世、浄土や天国といった眼に見える世界を超えるもの)、「
儀礼」(特定の行為様式)、「
宗教的象徴」(信仰や教義の劇的表現)の三つは、宗教が持つ特性。他にも構成要素として、「
教義」や「
共同体」がある
・「自分だけが気づいている」という感覚が、信仰者を支え、「ああ、この人は宗教に目覚めていない、なんと不幸な人だ」と考える。「信仰していなくても、幸せな人がいる」とは考えない。宗教には
自分と他者を区別する機能がある
・仏教には、「
四住期」という人生観がある。「学生期」(社会を生きるスキルや知見を身につける時期)、「家住期」(家庭を築き、守り、社会生活を営む時期)、「林住期」(次の世代に譲り、庵で隠居する時期)、「遊行期」(庵も捨て、死の準備をする時期)
・苦を生み出す主要な原因の三つを、仏教では「
三毒」と呼ぶ。「貪欲」(過剰な欲望)、「瞋恚(しんに)」(怒り、不寛容)、「愚痴」(メカニズムがわからないこと)の三つ
・「禅」「瞑想」「歩く」「読経」「念仏」「戒律を守る」など、仏教には体系化されたルートがある。どのルートも基本的には、「惑-業-苦」の展開を「戒-定-慧」へと転換する
・悪口を言われて「むかっ」とするのは、第一の矢。その後に、「復讐してやる」という怒りや憎悪は、
第二の矢。ブッダは、「仏法を学べば、第二の矢を受けなくなる」と言った
・仏教では、「信じること」は「聞くこと」。聞くことは「知」であり、「行」である
・「こうでなければならない」・「役に立つ、立たない」・「損か得か」・「敵か味方か」という枠組みを疑わない限り、どれほど深い信心があっても、人生の苦悩は尽かない。それを自覚するところから仏道は始まる
・仏道の目指す方向は出世間。でもそれは、世間と離れての出世間ではない。むしろ、出世間という立場・視点を得て初めて、世間のメカニズムを知り、
世間を安寧に生きること
著者の話の中心は仏教ですが、その仏教を説明するために、他のわかりやすい例をいっぱい出してくれています。
「20世紀少年」「陰陽師」「千と千尋の神隠し」「コージ苑」「ブラックジャックによろしく」「ちびまる子ちゃん」「嫌われ松子の一生」「猫の恩返し」「「がばいばあちゃん」金子みすゞ」「つげ義春」「桂枝雀」「三波春夫」「エルビス・プレスリー」などなど。
本書は、仏教の考え方を、自らのものにする、つまり、誰もが、仏教に馴染むために、何かと役に立つ書ではないでしょうか。