本書は詩集です。著者の坂村真民さんは、6年前に97歳で亡くなられました。一遍上人を愛した
仏教詩人でした。
人間の心に内省をもたらす詩ばかりです。近年、その愛好者が増え続けています。その代表作である「念ずれば花ひらく」の一部を、ご紹介させていただきます。
・「
タンポポ魂」 踏みにじられても、食いちぎられても、死にもしない、枯れもしない。その根強さ。そして常に、太陽に向かって咲く、その明るさ。わたしはそれをわたしの魂とする
・「
念ずれば花ひらく」 念ずれば花ひらく。苦しいとき、母がいつも口にしていた、このことばを、わたしもいつのころからか、となえるようになった。そうしてそのたび、わたしの花がふしぎと、ひとつひとつひらいていった
・「
鳥は飛ばねばならぬ」 鳥は飛ばねばならぬ。人は生きねばならぬ。怒濤の海を飛びゆく鳥のように、混沌の世を生きねばならぬ。・・・・・
・「
すべては光る」 光る、光る、すべては光る。光らないものは、ひとつとしてない。みずから、光らないものは、他から、光を受けて、光る
・「
尊いのは足の裏である」 尊いのは、頭でなく、手でなく、足の裏である。・・・・・頭から光が出る、まだまだだめ。額から光が出る、まだまだいかん。足の裏から光が出る。そのような方こそ、本当に偉い人である
・「
花」 花には散ったあとの悲しみはない。ただ一途に咲いた喜びだけが残るのだ
・「
こちらから」 こちらからあたまをさげる。こちらからあいさつをする。こちらから手を合わせる。こちらから詫びる。こちらから声をかける。すべてこちらからすれば、争いもなく、なごやかにゆく。・・・・・
・「
からっぽ」 頭をからっぽにする。胃をからっぽにする。心をからっぽにする。そうすると、はいってくるすべてのものが、新鮮で、生き生きしている
・「
吹き抜けて行け」 吹き抜けて行け、吹き抜けて行け。善も、悪も、憎悪も、怨恨も。空っ風のように、わたしの体を。吹き抜けて行け、吹き抜けて行け
・「
時」 悲しい時は、風と共に走れ。嬉しい時は、花と共に舞え
・「
大事なこと」 真の人間になろうとするためには、着ることより、脱ぐことの方が大事だ。知ることより、忘れることの方が大事だ。取得することより、捨離することの方が大事だ
・「
闇と苦」 闇があるから、光がある。苦があるから、楽がある。闇を生かせ、苦を生かせ
・「
悟り」 悟りとは、自分の花を咲かせることだ。どんな小さい花でもいい。誰のものでもない、独自の花を咲かせることだ
・「
本当の愛」 本当の愛は、タンポポの根のように強く、タンポポの花のように美しい。そして、タンポポの種のように四方に、幸せの輪を広げていく
・「
念根」 念は根である。祈りの根がしっかりと、大地に深く広がり、力を持っておれば、花はおのずと、大きく開き、念は必ず成就する。これは天地宇宙の原理であり、摂理である。お互い、念の根を、しっかりしたものにしてゆこう
・「
一字一輪」 字は一字でいい。一字にこもる力を知れ。花は一輪でいい。一輪にこもる命を知れ
・「
つねに」 つねに、流れているから、川は生きているのだ。止まるな、滞るな。つねに、動いておれ。頭も、足も
・「
信仰」 泥が光る。罪が輝く。それがしんの信仰だ
・「
なやめるS子に」 だまされてよくなり、悪くなってしまっては駄目。いじめられてよくなり、いじけてしまっては駄目。ふまれておきあがり、倒れてしまっては駄目。いつも心は燃えていよう、消えてしまっては駄目。いつも瞳は澄んでいよう、濁ってしまっては駄目
本書は、不安、悩み、苦しみを抱えている人たちを癒し、生きる力を与える詩集です。
そして、努力、辛抱、真面目さ、正直さの大切さを、誰にもわかるやさしい言葉で表現した詩集です。
老若男女を問わず、辛くなったとき、哀しくなったときに、手にしたくなるのではないでしょうか。