とは学

「・・・とは」の哲学

『ハイエクの大予言』渡部昇一

ハイエクの大予言ハイエクの大予言
(2012/05/11)
渡部昇一

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ハイエクは、自由主義の象徴となる存在なので、リーマンショック以降、あまりいい印象を持たれていません。しかし、誤解を払拭しないといけないように思います。

ハイエクは、現代に忠告を与えるところが多い経済学者です。共感できる点が数多くありました。そのハイエクの言葉をまとめてみました。



・ドイツで、危険な傾向を強めた(自由を破壊した)のは、ほとんどが善意に動いた人々であり、手本とされた人々であった

・経済的自由を放棄すれば、隷属体制になる

・ナチスやファシストの指導者たちは、みな最初は社会主義者として出発した

・「これこれすべからず」の法律で否定されること以外はやっていいのが自由主義

・複雑な社会になると、いかなる優秀な官僚を集めても、命令で需要と供給のバランスをとることはできない。この不可能と思われる調整を果たすのが、競争体制の「価格機構

・社会を計画化することに熱心な人は、計画が採用される段になったら、他の計画を一切認めない教条的な人間、危険な人物となりうる

・自由主義経済は「道路交通法を制定」しても、「どこへ行け」と命令はしない。しかし、統制経済は「この道を使って、どこへ行け」と命令する。ルールは抽象的なほうがいい

・お金は最も広い選択の幅を与えてくれるものであり、自由の道具であり、自由のもと

・競争社会は、ほとんどのものが価格を払えば手に入るが、そうでないところは服従を強要され、権力者の好意にすがるしか手に入れられない

・巨大な機械のような組織の歯車であることは堪えがたいが、そこから離脱することが許されないことのほうが、もっとはるかに堪えがたい

・どんな職業でも、最も成功した人と全く成功しなかった人の所得格差は、資本階級と無産者階級の所得格差と同じくらい大きい

・保障が特権になればなるほど、そのグループからの排除は致命的となる。ついには所得や地位は自主独立によるものではなく、国家や産業が与える保障によるものになっていく

・教育や知性の水準が高くなるほど、考え方や趣味嗜好は多様になる(全体主義に合わない人間になる)。したがって、同じ見解を持つ大人数の強力な集団は、理想を数の力でごり押しする人々(独創的、独立的でない人々)から形成されるようになる

・全体主義勢力のメンバー獲得原理は、従順で騙されやすい人を支持者に抱え込むこと

・中世のころからカトリック教会は金貸しを禁じたので、ユダヤ人は独占的に活躍し、金が増えたが、金融職に従事していることで、ますます嫌われた。これが繰り返されてきた

・全体主義の宣伝技術は、特定かつ単一の目標を達成するためのもの

自由の崩壊は「新しい自由」の名のもとに起こった。この事実は「古い自由を実現するための新しい自由を」という誘惑の言葉を警戒するために忘れてはならない

・ナチズム(国家社会主義)は人類思想の長期に渡る発展が最高潮に達して、出てきた

・国家社会主義の敵は商業であり、商業が意味するものは自由主義、個人主義である

・全体主義へ向けての運動を推進した本当の刺激は、組織された資本家と組織された労働者という二つの巨大な特殊利益団体から、主として発生してきた

・人間社会に起こることをコントロールすることは、全体主義に行くより仕方がない

・完全雇用が目的になれば、社会全体が完全雇用に従属させられ、個人の自由はなくなる

・経済成長ではなく、所得の再分配という方法で、貧困の解決をしてはいけない

・我々は自分の懐を痛めることなしに、博愛的であろうとすることなど許されていない

・計画して進歩させるのではなく、進歩の邪魔になるものを除いていくことが重要



ハイエクの提言は、真摯に受け入れたいと思いました。我々は豊かになればなるほど、現実から遊離して、いい格好をしようとするが、そこに盲点があると、ハイオクは指摘します。

甘い言葉、優しい言葉についつい流されそうになるが、そこは人間の性質や心理をよく見極めながら、「現実に処して生きるべき」と教えられる書でした。


[ 2014/02/21 07:00 ] 渡部昇一・本 | TB(0) | CM(0)

『「名将言行録」を読む』渡部昇一

『名将言行録』を読む『名将言行録』を読む
(2011/09/16)
渡部 昇一

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菊池寛は、戦国武将に学ぼうという趣旨で、「評注名将言行録」(上中下巻各300ページの大作)を編纂しました。その種本となったのが、明治2年に岡谷繁実が書いた「名将言行録」(戦国武将178名の言行を記録した86巻の一大資料)です。

この「名将言行録」を読み解いていくのが本書です。30人近くの戦国武将が収められ、著者が解説しています。それらを要約して、一部を紹介させていただきます。



発達した封建時代(領主が地元を大切にし、地方文化が栄えた時代)を経過したのは、西ヨーロッパを除けば、日本しかない。封建時代を経ていない朝鮮では、地方の統治は中央から派遣された官吏が行ったので、地方の宝物を収奪して、地方の文化財がなくなった

・中国も、漢の時代までは封建体制が存在したが、それが崩れてからは、各地がバラバラになり、後に中央集権の時代になったとき、地方は中央から派遣された役人が統治した。だから、朝鮮と同じで、近代国家の土台となる地方文化が生まれなかった

・北条早雲は、侍扶持(侍の給料)について、「二十歳以下の者、あるいは七十歳以上の者が手柄を立てたら、金銭で報いるべきで、土地を与えるべきではない」と言っている。昇進と報酬の違いについて、明確な考え方を持っていた

・北条早雲は、「人の影の勤めということが肝要である」と言っている。これは、表立った働きではなくて、裏に回った仕事をすることが重要なのだ、と教えている

・北条早雲は、二十一か条の教えを残した。十二条で、「少しの間あれば、物の本、文字のあるものを懐に入れ、常に人目を忍び見るべし」(武将も常に本を読むべき。ただし、読書を人に見せつけてはいけない)と言っている

・十四条では、「上下万民、一言半句、虚言を申すべからず」(嘘をついてはいけない)と言っている。嘘をついたら封建時代の領主はもたない。手柄を立てたら恩賞をやるぞと約束して、それを破ったら、誰もついてこなくなる

・十五条は、「歌道なき人は、無手に賤し学ぶべし」(和歌だけは覚えておかなければならない)。武将の教養や人間性を量るために最も信用されていたのが、和歌の心得だったから

・山中鹿之助は、「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と唱えるわけを、「何か事に遭ったときに、このような心持ちで試してみないと、自分にどのくらいの能力があるかわからないから、心の程を試したく思って、こう祈る」と答えている

・毛利元就は、「儒者なんて頼むに足らない。少し本を読んで、いろいろ知識があるだけで、戒め慎むことを知らない。禄を与えれば、その君を賢明な君主だと思って、おべっかを使う」と言って、学者を安易に信用してはいけないとした

・毛利元就は、「知恵が人よりも勝り、天下の治乱盛衰に心を砕いている者は、この世の中に一人の親友も得られない。歴史の中にしか本当の友はいない」と言っている

・武田信玄は、「人数は多く見えても案外少ない。五千人も人数がいれば、何万人と言っても構わない」と言った

・武田勝頼は、信玄の遺言にことごとく背き、武将たちからなめられまいとして無理をして滅んでいった。偉い人の後を継ぐ人は、自分が偉くても満足できる人がいい

・「心に、我慢なき時は愛嬌を失わず。欲なき時は義理を行う。私なき時は疑うことなし。驕りなき時は人を敬う。誤りなき時は人を畏れず。貪りなき時は人にへつらうことなし。勇ある時は悔やむことなし。自慢なき時は人の善を知る」(上杉謙信の家訓)

占領地を荒らさないというのは、成功した武将に共通する特長。勢いがあるばかりについ横暴になって失敗する場合が多い

・信長は、「こんな奴(弘法大師の生まれ変わりという僧)に、うろちょろされると、みんなみだりに神仏に祈ったり、ゆえなき福を祈り願ったりする。けしからん。お前の神通力で生き返って見せよ」と斬り殺した。信長だけでなく、迷信的なことを嫌った武将は多い

・秀吉の教訓の中で面白いのは、「貴人は無理なるものと思え」(偉い人は無理をいうもの)「公事すべからず」(訴訟問題に関わるな)「仮初にも虚言すべからず」(正直であれ)「人は気魂を専らにすべし」(気迫を満たせ)「深ざれすべからず」(一つのことにはまるな)

・秀吉は、「家康のつくり馬鹿は、お前たちが似せようとしても一生かなわないこと」と近臣の者を諌めた



本書には、戦国武将の逸話が数多く載せられています。命を懸けて戦って、一国一城の主となった戦国武将に学ぶべきことが多いように思います。

知恵と勇気の象徴である戦国武将たちのことを勉強することで、自分の人間としての幅を広げていくことができるのではないでしょうか。


[ 2013/05/09 07:00 ] 渡部昇一・本 | TB(0) | CM(5)

『人生後半に読むべき本』谷沢永一、渡部昇一

人生後半に読むべき本人生後半に読むべき本
(2006/08/26)
谷沢 永一、渡部 昇一 他

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故谷沢永一氏と渡部昇一氏の本を、このブログでも何度か紹介してきました。

この本は、仲の良い本好きの二人が、対談して、「人生後半に読むべき本」という題材で、その博学多識を競い合う内容になっています。

勉強になった箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・昔、読んだ本がつまらないのは、「自分の感動する心が薄れたせい」と思う人がいるが、「若いころは、こんなものに感激したのか、若かったな幼かったな、自分はこんなに成長したんだ」と肯定的に捉えたほうがいい

・人間の世の中は、この世のしがらみで、妻子を養うために、家業を守るために、自分の人生を捧げなければならないことが大部分。第二の人生とは、そこから解放されること

職場の同僚というものは、本当のところ、友情もへったくれもない。大抵の人は、職場の同僚と一緒に飲みに行くとか、親密なつきあいをしているのが人間同士の精神的な交流と錯覚している。しかし、これは、機能上での接着あるいは密着でしかない

・本多静六が参考になるのは、人知を越えたものが働いて、駄目になったら、それは諦めるという覚悟を持って、敢然として切り替えていくところ

・歳を取ってくると、「そうか」「そうだったなあ」と思える体験が、読書の味わいとしていい。だから、教訓集は年寄りにもいい。やはり、歳を重ねてこそ、そういう本を読んで、若い人に、折に触れて、教訓を垂れることが大切

・哲学というものは、物書きを目指す人以外には、一般教養として、全部要らない。哲学は、要するに、人に固定観念を植え付けるものであり、人を楽しませ、喜ばせるためのものではない

・幸田露伴は、運とは「こうすれば必ずいいことがある」という因果律ではなく、「運は運なり、巡るなり」と、東洋思想の最高のことを言っている

・努力して書いたものが読まれず、軽く書いている感じのものが読まれる。意識しないで軽く書いたときは、意外に内なる充実がある。逆に、力を入れて書くのは、力がなくなってきたので力を入れるからか、実は自己満足が大きいから

・菊池寛が偉いのは、純文学を三十何歳でスパッと辞めてからは、日本一の原稿料を取る作家になったこと。大衆の気持ちをつかまえるほうに成長した菊池寛と成長しそこねた芥川龍之介の末路は、文芸春秋を創った社長と自殺した青年作家の差になってしまった

・「我を通す」ことが後半生におけるプリンシプルになる。とにかく、自分の内なる心の声に正直でなければならない

・鎌倉幕府が亡びた原因は、元寇の役の論功行賞ができなかったこと。これは、日本人が知らなければならないこと。日露戦争にしても、論功行賞が滅茶苦茶だったことが、後の日本に悪い影響を及ぼした

・日本は、スパイ天国になって、やられっぱなし。日本人に、スパイというのは、一種の汚い感覚があるのは、徳川幕府はスパイ政治だったから。それに対する猛烈な嫌悪感、反発が明治以後に生まれた日本人にある

・日本人は、内政と外交が相反するものであることがわからない。つまり、政府が国民に嘘をつくのはよくないが、外国に向かっては、どんな嘘をついても、どんなに威張っても、とことん自己宣伝しても、有効な手段になる

・日本が世界に誇れるものは、金持ちの商人文化。ところが、小説などでは、商人が必ず悪者になる。徳川幕府が、力を失った理由は、武士と商人の接触が薄れたこと。家康の頃は、商人と茶室でお茶を飲んでいたから、大商人の知恵がストレートにトップに伝わった

・松下幸之助を日本人は誰も哲学者とは思っていないけれども、「タイム」誌は、「フィロソファー」と表現した。松下幸之助は、釈迦と同じように、ピース・アンド・ハピネスを説いている

・松下幸之助は「ますます繁栄して、豊かになれよかし」と提唱した。世界のあらゆる思想は、「我慢しろ。いずれよくなる先は明るい」という、将来へ責任を押しつける論理であると同時に、貧困の哲学でもある。大思想家は、貧しさに耐えるという発想になりがち

・豊臣秀吉は、水飲み百姓の子と言われているが、実際、ガキ大将になるぐらいの家に生まれている。子供のときに、威張ったことがない人間が、大人になって威張れるわけはない。どんなに小さなサークルでもいいから、威張った経験がないと、上には立てない



欲望に根ざした行動をとり続ける人間を観察することと、その行動の軌跡である歴史を検証することは、人間にとっての普遍的命題です。

しかし、この命題の理解は、歳を取らないと、なかなかできないものです。お二人の対談は、人間の心理と歴史を十分に考えさせてくれる内容です。ある程度、歳を取った方には、是非目を通してほしい書です。
[ 2011/10/06 06:39 ] 渡部昇一・本 | TB(0) | CM(0)

『運が味方につく人つかない人-幸田露伴「努力論」を読む』渡部昇一

運が味方につく人つかない人―幸田露伴『努力論』を読む (知的生きかた文庫)運が味方につく人つかない人―幸田露伴『努力論』を読む (知的生きかた文庫)
(2001/09)
幸田 露伴

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五重塔」の小説で有名な幸田露伴が「努力論」を書いたのは、大正二年(約90年前)のことです。自己啓発書の走りのような存在だと思います。

昔の人の自己実現の書とは、どんなものなのか。興味があって、手に取りました。共感できた箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・運命が前もって決められていると考えるのは、愚の骨頂としかいいようがない。薄弱で貧困な意志、感情、思想こそが悪運を招き、幸運を追いやってしまう

・成功者は、自分の意志、知慮、勤勉、仁徳の力によって好結果を得たと信じている。失敗者は、自分には罪はなく、みな運命のせいで苦しい目に遭っていると嘆いている。成功者は「自己の力」として運命を解釈し、失敗者は「運命の力」として自己を解釈する

・自らを責めることは、自らの欠陥を補うのに効果がある。同時に、自分の欠陥を補っていくほど、自分を成功の有資格者にする

・幸福に遇える人は、「惜福」(福を使い果たしたり、取り尽くしてしまわない)の工夫ができる人。有り金を浪費して使い果たすのは惜福の知恵がない。正当なこと以外には無駄づかいしないのが惜福

・人の上に立つ者は、「分福」(福を分け与える)の工夫がなければならない。人の下にいる者は、「惜福」の工夫がなければならない

・「植福」とは、自分の力・情・智をもって、人の世に幸福をもたらす物質・清趣・知識を提供すること

・「有福」は先祖のおかげで、評価すべきでない。「惜福」は少し尊敬していい。「分福」は、さらに尊敬していい。「植福」を敬愛しなければならない

・教育の標的は、「」「」「」「」の四つだけ。この月並みな四つの言葉は、われわれを正しく導いてくれる

・自らを大きくする心を捨ててはならない。努めて視野を広げ、心境を開拓し、「知」を広くし「識」を豊かにして「自己の知的拡大の努力」を続けるべき

・学業成績の悪い学生を見ると、それらの多くは、聡明さに欠けているのではなく、気が散り、心が乱れがちな性格の持ち主

・つまらぬことに対して、全気全念をもって立ち向かう健全純善な気の習慣は、やがて確たる偉業を打ち立てることにつながる

・努力もよいことに違いないが、気の張りは努力にも増して好ましいこと

・多人数の集会は、優良な人よりも、そうでない資質の人のほうが多く、偏った二、三人の空飛で狂妄な言動に引きずられて共鳴作用を起こす。一つの悪気、一つの凶気が満場を覆って、善気を圧しつぶす。凝る気も一変すれば、暴ぶ気になる

・いかに優れた能力を持っている人でも、自信のないところに勇気は芽生えない。勇気は自信の堆積によって増進される

・世の成功者は、その人の天分才気が卓越していたからというよりは、自分が決めたことを遂行するという習慣が実を結んだもの



文章は少し難解ですが、言わんとすることは、現代の自己啓発書と何ら変わりません。

「努力論」という堅苦しいタイトルですが、今も昔も変わらず、成功する人とは、どういう人かを知るには、大事な本ではないでしょうか。
[ 2011/07/19 08:21 ] 渡部昇一・本 | TB(0) | CM(0)

『知的余生の方法』渡部昇一

知的余生の方法 (新潮新書)知的余生の方法 (新潮新書)
(2010/11)
渡部 昇一

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最近、前の会社の上司であったFさん推薦の本を紹介することが増えました。この本もFさんにすすめられて読みました。

Fさん自身が、この「知的余生の方法」の実践状態にあります。知的に、前向きに定年後を暮らす考え方が、この本に詰まっています。

本好きの人なら、フンフンと頷けることが多いのではないでしょうか。私自身も納得できた箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・学者で、晩酌が一番の楽しみとか、酒宴がこの世の楽しみになっている人は、きちんとした本を遺せない

・芸術も学問も、本人が楽しむ境地に至らないと本物でない。本当に楽しむ境地の人の作品や演奏や言葉や行動からは、人の魂を揺り動かす何かが出ている

・ある国を知る一つの方法は、その国でどんな本がベストセラーになっているかを見ること

・個人的な富や財産を悪だとして排除すると、民衆の段階に下りる富や自由までなくなることになる

・自由は、個人の富の蓄積とそれを自由に使える社会に生まれてくるもの。ならば、もっと自由を欲しければ、もっと個人財産権が守られるようにすること

・大切なことは、良きものを嫉妬心によって、悪しきものにしてしまわないこと

・読書こそが、脳細胞を知的に磨き、精神を生き生きと甦らせてくれる、最も単純にして、手っ取り早い方法

・贅沢と閑暇によって磨かれる美の他に、女性には「子供好き」という、もう一つの美の源がある

・年齢を経てくると、基本的な考え方が違う人とはつきあいたくなくなる。我慢できなくなる。一緒にいても面白くない。その人の日常的なものの考え方とか習慣とかではなく、長年培ってきた、基本的な思想・信条が違っていては、友情を育めない

・教養の差が大きいと、友達としてはつきあえなくなる。教養を押し殺してつきあうほど、面倒で面白くないものはない

・夫婦というのは、組み合わせ。別の組み合わせだったとしたら、必ずしもうまくいったとは限らない。結果よければ、いい夫婦

・知らない世界へ行けば、楽しいことも多いが、それだけでなく、何かとトラブルが生じたりする。それを二人で何とか解決したりすれば、その記憶は楽しかった以上に残る。楽しいことばかりのノッペラボウな人生は、後々の記憶としては薄れがち

・「リーダーというものは、勝つか負けるかわからないようなどん底の状態に置かれても、朗らかでいられる奴」(旧ドイツ陸軍参謀総長ゼークト大将)

・カリカリ、イライラする上司と一緒に仕事をする程、嫌なことはない。人の上に立つ人間ほど、朗らかで、大らかで、寛容でなければならない

・「人生の最後の一息まで精神的に活発に活動し、神の完全なる道具として仕事中に死ぬことが、秩序正しい老年の生き方であり、人生の理想的な終結である」(スイスの哲学者ヒルティ)


この本を簡単にまとめると、以下のことが書かれています。
知的余生を楽しむために、準備するものは、「富」と「教養」と「良き友・伴侶」
知的余生を楽しむために、必要なものは、「書」と「朗らかさ」


定年を意識する年齢の方には、おすすめできる書です。定年後も、群れるしかない人生は、余りにも寂しいものです。これだけは避けるように、今から準備しておいたほうがいいのかもしれません。
[ 2011/05/19 07:09 ] 渡部昇一・本 | TB(0) | CM(0)