とは学

「・・・とは」の哲学

『坂井三郎の零戦操縦増補版・真剣勝負に待ったなし』世良光弘

坂井三郎の零戦操縦 [増補版]坂井三郎の零戦操縦 [増補版]
(2009/04/09)
世良 光弘

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坂井三郎さんの本を紹介するのは、これで4冊目です。零戦のパイロットとして、太平洋戦争の最後まで活躍した坂井三郎さんの著書は、海外でも出版され、ベストセラーとなっています。

本書は、坂井三郎さんへのインタビューという形で「空戦の極意」「必勝の心得」などを聞き出したものです。その貴重な体験とノウハウの数々をまとめてみました。



・真剣勝負において、一度後手に回ったら、元の状態に戻すためだけにさえも大変なエネルギーを費やし、危険を冒すことになる。先手、先手を取れれば、相手の心を読むことができる

・敵の予期せぬところへ激しい勢いで仕掛けて、相手の心が定まらないうちに、こちらに有利なように先手を仕掛けて勝つことが大切

・第一撃で傷つけることができれば、敵のパイロットは必ず逆上して、混乱に陥る。結局は、勝負は最初の一撃で決まる

・欧米の、とくに狩猟民族の勝負観というのは、相手がギブアップするか、もしくは相手をノックアウトするまでとことん戦う。そこで初めて決着がつく

・パイロットの条件は、「三つの健康」。「1.体の健康」(病気になっても回復の早い体をつくり、持久力、瞬発力を鍛える)、「2.知能の健康」(知識・能力をとことん探求する)、「3.精神の健康」(物事の邪推・善悪を的確に判断、行動する人格を形成する)

・一瞬でも先に敵を発見したほうが、相手のいやがる後方に回り込むことができ、有利になるのは、空戦の「鉄則」。極意は「見張り能力」そして「先手必勝」。空戦では動体視力が勝負の分かれ目

・空戦の勝敗は、第一撃いわゆる「据え物斬り」で、いかに相手の戦力をそぐかで決まる。格闘戦に持ち込むのは二流の戦い

・真剣勝負とは、強いから勝つのではなく、勝ったから強い。それを積み重ねた者のみがエースになれる

・パイロットが見えないのは、後ろ下方。敵が一番嫌う、その位置に早く潜入し、一撃で落とすことが理想

・空戦では、一度視認した敵機を見失ってはいけない。相手を見失えば、その戦いに負けたということ

・経験が浅いパイロットは、修羅場で撃ち急ぐ結果、相手に位置を知らせてしまう。あせる気持ちを抑える「待ち」ができて一人前。戦闘機相手には、長くて3秒、普通は2秒。長撃ちは、無駄弾が多く、その間に気づかれる。「早撃ち」と「長撃ち」を戒めること

・「射撃は漏斗のごとくせよ」。正面、背面、横面、いずれの姿勢のいかんにかかわらず、敵機を漏斗(ろうと)の穴と思うこと。つまり、漏斗のフチから先端の出口を狙って撃て、という意味

・命のやり取りをする空戦で、実力の50%を出せれば大したもの。初心者は自信があっても40%ぐらいしか出せない

・米軍はフットボールの精神で、日本軍より連携プレイがうまかった。二機以上で立ち向かう「サッチ戦法」(別の一機が間に入って目をくらませる戦法)をよく使った。逆に、日本軍は「俺が、俺が」という考えが出て、一騎打ちで死んでいくパイロットが多かった

・宮本武蔵は、勝負の時、わざと門限の刻を違えたり、場所を変えたりしたが、これを卑怯と言うような人たちは真剣勝負をやったことがない人。武蔵は決闘の日時が決められた瞬間から戦いを始めている

・真剣勝負というのは、負けたときは命を絶たれる。負けるということは、この世から自分が消えてなくなること

・自らをより良い人間に育てていくためには、人の意見が必要。生涯を友として認め合った人間とは、意見交換しながら、「知識を盗み合った仲間」。それが真の友情

・人生の最大の敵は慢心と怠慢。勝負の世界は厳しい。美辞麗句は通用しない。常に切磋琢磨し、さらなる高みへ自分を高めていかなければ、いつか必ず相手に打ち負かされる



空中での真剣勝負の戦い方などは、生死をさまよった体験をした者にしかわからない極意です。

一対一の戦い方、つまり対決での勝ち方の極意は、ビジネスや人生の場面でも、参考になるように思います。


[ 2014/06/06 07:00 ] 坂井三郎・本 | TB(0) | CM(0)

『坂井三郎空戦記録』

坂井三郎 空戦記録坂井三郎 空戦記録
(1992/12)
坂井 三郎

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坂井三郎氏の本は、「大空のサムライ・戦話篇」「続々大空のサムライ」に次いで、3冊目の紹介です。

坂井三郎氏は、太平洋戦争で、ガタルカナル、硫黄島決戦で戦った方です。撃墜王の異名をとる、海軍航空隊のエリートでした。

「大空のサムライ」は、論理的にまとめた戦話が多いですが、この本は臨場感あふれる手記、記録です。起こった事実をもとに、その時の心理描写が口語体で記述されています。

この本もまた、坂井三郎氏の人間の器の大きさを感じさせられます。すごいとしか言いようのない箇所が20ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・何でも同じで、辛いと思った時、そこを踏み越えなければ勝てない。生理的にも精神的にもこうした訓練をやって、非常に辛い時にも、まだ余裕があるということを発見した

・もう駄目になったのかと、自信がなくなる時に出撃するとロクなことはない。こうなるのは、何か精神的に患いがあるとか、肉体的に何か故障がある時が多い

・乱戦になったら敵の動きを見て、先の先を読め。目先有利で敵を仕留めても、次に自分がやられては何にもならない

・射撃の瞬間は精神統一して可能な限り接近して撃て。この際、気がはやるが、早射ちは禁物。我慢して、発射時間は短く、敵機の尾部に食いついて撃て

・相手が何機であろうと、ある瞬間に自分を攻撃できるのは一機だけ。その瞬間さえかわしていけば何とかなる

・連続攻撃を受けて敵機の弾丸を一度かわし得たら、どんなに苦しくても方法は変えないこと。苦しくなると何か他の方法がよいのではないかと考え出す。他の方法に変えた時にやられる。それまで成功していることを繰り返せばいい

・格闘戦に入ったら、自分の得意の技に相手を引き込むごとく操縦する。今まで見えなかった相手の尾部が目に入ったら、われ勝てり。自分が苦しい時は、相手はもっと苦しんでいる。そこを乗り切った時に勝利がある

・勝利をつかむのは、自分の空戦技術と負けじ魂。経験を積んでくると、相手がビビっているのが見えてくる

・一か八かはヤクザ剣法、常に戦いは理にかなう。無謀は戦術以前の暴挙。命は一つしかない、死んだら次はないと心得よ

・戦争は死ぬことと考えるな。勝ちにきたことを忘れるな。たとえそこで敵機を撃墜できなくても、体験こそ真の学問。死を覚悟することと命を粗末にすることは全く違う

・相手が変な行動をとったら何かある。気を配れ

やられた時、しまったと何度唱えても駄目。最少の被害で食い止め、最良の処置をするように考えよ

・冷静さを取り戻すには、息を吸うより息を吐け。この時、下腹に力を入れ、尻の穴を締めよ。なで肩になれたら満点だ

・どういう働きをするか見て下さい。守ってくれなどと申しません。神というものがあれば、ご照覧あれ。最善を尽くして、自己の任務を果たします。決して勝たしてくれとか、敵の弾が当たらないようになどとは願いません

・空中戦闘中に怖いと思ったことは一度もなかった。ただ次の態勢を整える準備のために自分が敵を攻撃しない時、後ろから来る弾は正直怖かった。何回弾をくぐっても、あの怖さだけは乗り切れなかった

・敵機に対した時、その中に乗っている人の顔を見れば、敵という感じよりも、彼もまた同じ飛行機乗りだという親愛感が強く出てきて、その人間に対する憎しみの出てこないのも不思議な心理

・出血多量になったとき、自分では意識しなくても生命が惜しい。その潜在している生命を守る本能が必死になって最後の力を出して闘ってくれた

・攻撃の方法も研究に研究を重ねたが、逃げる方法にも研究を怠らなかった

・軍隊の組織が持つ不条理さは、同じ人間であるはずの人間が、指揮官という立場に立つと、まるで将棋の駒を動かすように、他の人間の生命を無造作に死に投げ込む

・お互い搭乗員になった瞬間から生命は棄てている。飛行機乗りはその点諦めがいい。諦め切ってしまうと朗らかになる。まるで子供のように無邪気にふざけ合う

・今の今までの硫黄島の激しい苦しい戦闘の中から、いきなり内地に放り出されて、その空気に馴染めなかった。同時に、命からがら戦場を脱出してきた我々に、人々は何らの興味も関心も持っていない。まことに不思議なギャップ。遠隔とはこういうものか



達観とはこういうものかと思われる記述が、この本に多く出てきます。度胸が据わっている人の言動は、常人では考えられない域に達するものです。

我々は、日常で生きるか死ぬかの現場を体験することは、なかなかありませんが、この本を読むと、仮想体験できます。本当の度胸とは何か?を知りたい方には、おすすめの書です。
[ 2011/10/24 07:03 ] 坂井三郎・本 | TB(0) | CM(0)

『撃墜王との対話-続々・大空のサムライ』坂井三郎、高城肇

撃墜王との対話―続々・大空のサムライ (1975年)撃墜王との対話―続々・大空のサムライ (1975年)
(1975)
坂井 三郎、高城 肇 他

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坂井三郎氏の本を紹介するのは、「大空のサムライ・戦話篇」に次いで、2冊目です。

坂井三郎氏は、十年ほど前に亡くなられました。現代の宮本武蔵と呼ぶべき人です。前回も紹介しましたが、太平洋戦争中、戦闘機のパイロットとして、敵機を64機撃墜の記録の持ち主です。

生きるか死ぬかの空中戦の中で、勝ち残った著者の言葉は、どの言葉にも重みを強く感じます。

1948年から現在も続く月刊誌「丸」の元編集長であり、現在も会長を務められる、高城肇氏との共著ですが、今回は、坂井三郎氏の言葉で、感動した箇所だけを抜粋しました。



真剣勝負では、たった一回、その勝負に敗れるということは、その場で殺されることを意味する。絶対に二度と挽回のチャンスは巡ってこない。真剣勝負は、それほど厳しいもの。だから、逆転勝ちを得意とするなんて戦法は、全くの誤り

・真剣勝負というものは、精神力だけでは、絶対に勝てない。自分の行う戦術思想と直接の戦闘技術が「理にかなう」、つまり、合理的でなければならない

戦いに臨むにあたって、いかに鍛錬し、研究し、努力したか。勝つ準備、勝つ手にはどういうものがあるか。また、自分がミスを犯した場合、いかにして戦勢を立て直し、主導権を挽回するか。といったことを想定して、準備したかしないかが、最後の勝負を決する

・こうすれば勝てるという「攻めの一手」を持つ。また、パニックに遭遇したときには、この一手で、敵の攻撃をかわしてみせるという「逃げの一手」もちゃんと用意する

・空中戦の真剣勝負の場合には、一回やられたら、永遠にこの世から、おさらばだから、初心者に対しては、やられない方法を教えていくしかない。しかし、そのままではいくらたっても敵を仕留めることはできない。そこで、一手先を読むことから教え始める

・こうなることは先刻ご承知。俺の腕をもってすれば、必ず挽回できる。結局、一時的な、形の上での主導権を与えているかに見せかけているだけと読めるようになればしめたもの

・コンディションが悪い、スタミナがなくなっている、ということを意識した上で、戦闘に臨めば、案外ミスをカバーすることができる

・100の力を持っている人は、70の力しか持っていない相手と戦う場合には、75の力でいいから、常に自分のエネルギーの蓄積をはかっておく。常に全力を出していたら、長い戦闘では、スタミナがだめになる

・事前に、先輩たちの成功談、失敗談を数多く聞いておき、それらを完全に自分のものにし、頭脳に記憶させ、分類して、引き出しに整理しておく。そして、いざという場に遭遇した瞬間、引き出しの中から最短時間に、正しいデータを抽出しうる能力を養うこと

・夜というのは、その日の戦闘の疲れを癒し、明日への戦力を蓄える時間。つまり、ゼンマイをまく時間。ところが、たいていの人は、一日が終わったあと、疲れを癒すだけ。翌日の心と体力の準備をなおざりにする

・力というものは、いつでも小出しにして、必要量より少し多い目にしておいて、ここぞというときに、瞬間的に、ぱあっと120%出す。出し終わったら、さっと引いて、また体力をチャージする

・宮本武蔵と立ち会って、負けたほうから言えば、「武蔵ってやつは、油断も隙もならん。ずるい奴だ」ということになる。勝った武蔵からすれば、ごく当たり前のこと

・これをやらなければ、俺は明日死ぬんだということになったら、人間は、二倍も三倍も力を出す

・スポーツでは、欧米流は相手をねじ伏せて、戦闘意欲を失わせたほうが勝つ。日本の武道は技を決めたら勝つ。プレー一つで勝てる勝利と、息の根をとめて勝つ勝利との差は非常に大きい。つまり、日本の武技の勝敗は、欧米流に言えば、勝負の一過程に過ぎない

・勝つか負けるかの最後の一手は、失敗をいかに利用するかしかない

・不運に多く遭遇した人が早くやられ、幸運の多い人が、自分の運に対して、ますます自信を持つ。そこに大きな差が出る。運の強い人は、運の経験、幸運の回数が多い人

・粘って粘って粘り抜く。最後の一秒まであきらめない執念深さが、やっぱり運につながってくる

・待てるか待てないか。言い換えれば、時間の持つ不思議な力を信じるか信じないか、また、時間の効用や運用について、知っているかいないかは、大変な差になる

・スランプに入ったら、まず悪ければ悪いなりに安定させ、その後の回復をはかるようにする。そして、スランプの間に学ぶ。これが「潜時有意

・生命がけでやるつもりになり、それを実行する小さな勇気を持ちうるなら、未来に光明はある。なぜなら、生命がけの勇気をもって行えば、人は胆力を養うことに成功し、ハラがすわっていれば、見えないものも見えてくるから

・戦国時代の堺の豪商たちは、荒くれ武将どもを相手に商売をした。財産も命も一度に失う危険の中にいたので、武将と同等以上の胆力を備えていた。彼らは、財産を動かすことを戦闘と考えていいた。だから、やることのすべてに勝負師としての味わいがある

・人がかけ出す時には、かけ出さない。競ってみんなが欲しがるものを、欲しがらない。どうしても必要なら、最後に手に入れる。慌てずに状況を判断し、心の中で対策を講じながら、自己陶冶を続け、最後のチャンスを確実にものにする。それが勝利への近道

・0対0の引き分けは、失敗ではなく成功。なぜなら、次のチャンスが与えられたから。だから、何としても、戦いは、勝ち残るか、0対0で引き分けて残るか、どちらでもいいから、残ることに執念を持たなければならない

・自分の死を意識したその時点において、ああ、おれの一生はいい一生だった、自分の生命力を無駄なく、最後の最後まで完全燃焼しておさらばすることができる、と思って死んでいく人ほど、幸せな人はいない



坂井三郎氏は、生きるか死ぬかのトーナメント戦で、勝ち続け、生き残った奇跡の人です。その言葉には、誇りと自信だけでなく、謙虚さも備わった、風格のようなものを感じます。

現代の宮本武蔵である坂井三郎氏のことが、このまま、時が経つにつれ、忘れ去られていくのは残念です。

この坂井三郎氏の体験談を、自分のものに取り込むことができれば、いざという時の役に立ち、人生の荒波を凌いでいけるのではないでしょうか。
[ 2011/06/13 08:06 ] 坂井三郎・本 | TB(0) | CM(0)

『戦話・大空のサムライ-可能性に挑戦し征服する極意』坂井三郎

戦話・大空のサムライ―可能性に挑戦し征服する極意 (光人社NF文庫)戦話・大空のサムライ―可能性に挑戦し征服する極意 (光人社NF文庫)
(2003/04)
坂井 三郎

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東北大地震に心が痛みます。財産と家族の命を一瞬にして奪われてしまった方には、何と言葉をかけていいかわかりません。また、宮古、釜石、南相馬には、何回も足を運んだことがあっただけに、テレビで見る、町の惨状に目を覆いたくなる気分です。

しかも、私自身、阪神大震災で、震度7の揺れ、その後、火事が近くで発生し、2軒先で止まり、自宅の周り、半径200メートルで、30人ほど命が奪われるのを目にするという経験をしました。

津波に遭われた方の足元にも及びませんが、虚しさ、はかなさ、あわれさといった無常観を味わったことがあります。

今、こういう時に、坂井三郎氏という、生きるか死ぬかを何度も経験された方の書を採り上げるのは、どうかと考えましたが、あえて、この本を紹介することにしました。

坂井三郎氏のことを教えてくださったのは、以前勤めていた会社の上司のFさん(脳梗塞で倒れ、リハビリ後復帰)です。

坂井三郎氏は、零戦で200回以上の空中戦を闘い、敵機を64機、撃墜した海軍航空隊のエリートです。太平洋戦争で、ガダルカナル、硫黄島の決戦を体験した中で、九死に一生を得ましたが、敵機に狙撃され右眼を失明し、左半身も不自由になられました。

昭和56年に出版された本ですが、死生観を有している方なら、今読んでも、感動するところが多いのではないでしょうか。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



人生是勝負。私たち一人一人は勝負師であらねばならない。それも半可通の勝負師ではなく、正々堂々たる勝負師を目指さねばならない

・安易に勝ちをとろうとすると、やることなすこと姑息になり、眼前の勝ちにばかりこだわり、全体を見失う結果となる。これでは、勝ち抜き、勝ち進んで生き残ることができない

・強固なる勝負師の根性を土台の条件にして、自分の行う戦術、進める戦闘技術が、つねに理にかなっていなければ、勝負に勝つことはできない

・相手が致命的なミスを犯すように、また犯させるように持っていくのが、「理にかなう」戦いの進め方

・「理にかなう」とは、すべて読みにはじまり、その読みが正しく実践できることにつきる。その時にこそ、勝機を自分で創り出せる

・極意は「先手必勝」。真剣勝負の場で一度、後手に回ってしまったら、元始の状態に戻すためだけで大変な危険を払い、無駄な時間を浪費し、エネルギーを消費しなければならない。先手を取ることで、相手の心の動きを読み、致命的なミスを誘発させることができる

・勝負というのは、強いから勝つのではない。その勝負に勝ったから強い。勝負に勝っても、次の勝負に勝てる保証はただの一片もない。勝負は負けたら終わり。次の戦いの準備に最善をつくすことが「必勝の信念」となる

・勝負師は一つの事象にのみ、心を奪われてはならない。中でも指揮者は、二つも、三つも、四つもの事に眼を配り、心を配る「分散集中力」をつけなければならない

・高空に上がれば上がるほど、スピードが速くなればなるほど、人間の能力が減殺されていく。それを「パイロットの六割頭」と言った。自分を正常と思い込み、自分の能力の低下を自覚しないところにこわさがあり、命とりとなる危険が潜んでいる

・人間は死ぬために生れてきた。形あるものは必ずこわれ、生あるものは必ず死ぬ。これは宇宙の鉄則

・自分の一生の大目標を果たすために、私たちはそれぞれの職業を持っている。ベストをつくさねばならない所以であり、人間の生存競争のための勝負がここに展開される

・天運と人運を混同しがちだが、勝負師の考える運は、人運でなければならない。人運は性格+環境+努力の三要素から成り立っているから、自分で切り開くべきもの。ここから、人事(人運)を尽くして天命(天運)を待つ心境が生まれる

逆境に鍛えられた人間は、難局に際しても、立ち向かう気力と打ち破る底力を持っている。逆境は本物の人間をつくる。思いやり、人の情けといった深みのある人間性はこのあたりから生まれる

・自分が日ごろ信じ切っている師匠の一言は、たとえ暗示であっても、死を生に変える力がある

負けなければ、次の勝負の権利が獲得できる。真剣勝負では、常にこのことを念頭に入れてかからねばならない

・最短時間内に冷静さを取り戻すことが大切であり、どんな事にも動揺しないだけの図太い神経を養っておく。つまり、最悪を覚悟しながら、最善をつくす

・勝負師というものは、どんな些細なことであっても、自分が感じたことを記憶装置に叩きこんでおけば、いつかはきっと役に立つ。たとえ、それが生涯に役に立たなくても、その心構えを持つと持たないとでは、大変違った人生になる

・パニック状態に遭遇したとき、あわてふためいて処置することはすべて誤り。まず、取り戻すべきは平常心。空中戦で弾丸をくらってキリキリ舞いになった時、すかさず時計の針を見る。今、何時何分を針が示しているかを確認できたら、平常心を取り戻せる

・野生動物の中でも、集団をなして行動するものには、リーダーが必ずいる。リーダーの使命はただ一つ、自分の率いる集団の安全保障をすることである。つまり、毎日の生活生存を全うし、安全に繁殖をはかり、外敵の攻撃に対して集団を守ること

・実戦において、実力即戦力のないリーダーなど、部下から見て信頼も希望もない。とくに小単位で直接指揮して戦うリーダーには不可欠の条件。その条件の中で、もっとも大切なのは、指揮官としての執念。絶対にあきらめないで、永く持続させること

・人間は追い詰められて、いよいよ苦しくなってくると、そこで迷いが生じてくる。どうも自分のやっていることが間違っているように思えてくる。もっと他にいい方法がありやしないかと迷う。しかし、ここで他の方法に転じたら、その時が自分の最後の時になる

・自分の言う「戦い」とは、競い合い、憎み合いのことではない。「戦い」は自分との戦い、つまり、怠けよう、驕ろう、安易に妥協しよう、諦めよう、悪い誘惑に負けようとする心との戦いである



この本には、強く生きる言葉が数多く出てきます。死線を彷徨ってきた人だからこそ、このような手記が書けたのではないでしょうか。

つらくても、やりきれなくても、虚しくても、明日の飯を何とかしないといけないのが人間です。結局、強く生きていかないといけないのかもしれません。
[ 2011/03/14 10:22 ] 坂井三郎・本 | TB(0) | CM(0)